#三 牛鍋屋
がつがつがつがつ!
「熱ッ! 旨ッ! 熱ッ! 旨ッ!」
がつがつがつがつ!
停車場近くの牛鍋(※三)屋。男に連れられた少年は、出された鍋へ疾風怒濤の勢いで箸を伸ばしては肉を野菜を豆腐を食い漁る。
まだ充分に火が通っておらず、肉に至ってはほとんど赤身のままだが、気にする様子は皆無。
さすがに見かねたのか、男が燗酒(※四)の徳利を手に呼びかける。
「落ち着いて食えよ。鍋は逃げねえんだから」
がつがつがつがつ!
聞いちゃいねえ。
勢いのまま立て続けに鍋を三杯と白飯を二杯片付けて、ようやく人心地ついた少年は満足げにゲフーと息をつく。
「アンタ命の恩人だよ! ……えーと、素敵なイケメンのお兄さん」
「あー、その呼び方はいい。別に本気じゃなかったし、実際に言われたら恥ずかしくなってきた」
「今ごろかよ」
思わず漏れた少年のツッコミに、男は「うるせー」と毒づく。
外套と笠を取った姿は、浅く茶色がかった散切り頭(※五)を除けば、そこら辺にいる若い衆とたいして違わない。
「それじゃあ、アニキって呼ばせてくれよ。な、いいだろアニキ?」
「もう呼んでるじゃねえか」
男はツッコみつつ、諦めたように「まあ、おっちゃんよりはマシか……」とうなずいた。
それを了承にとったのか、少年は塗り箸を膳に置いて笑う。
「オイラはコガネっていうんだ。よろしくな、アニキ」
「俺は小波だ」
握手をしたでも、盃を交わしたでもない。
それでも何か、ふたりの間で何かが通じるのを互いに感じた。
「姉ちゃん、お代わり持ってきておくれよ。鍋と飯と両方」
「……まだ食うのか」
※三 牛鍋…明磁期より始まった肉食の風習により、東京など都市部を中心に牛鍋屋が数多く作られた。初期の味付けは味噌が主流だったが、この頃には醤油と砂糖によるものが広まりつつある。
※四 燗酒…まだこの頃は、二十歳未満の飲酒が法律で禁止される前である。
※五 散切り頭…文明開化を象徴する髪型で、髷を結わずに短く刈りこんだもの。明磁四年の散髪脱刀令から普及した。




