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最初の壁、心の壁


「私と一緒に、お弁当屋さんをしてください!」



脳みそが掻き回されているようだ。


さっきまで、むしろ今でも夢心地のような気分なのに、出会い頭にこの一言と来た。




「…なんなのよ… 」



枝温は言葉を振り絞るが、口をついて出るのは当然まともな返答などではない。



「…わけわかんないわよ…どこなの…ここ…」


「え、と、ここは…なんと言いますか…」



慌てるのも無理はないと、目の前の女性は一つずつ疑問を解消しようと答えを探す。



「そう、枝…枝の、末端ですね」


「は…?」


「世界が辿る、様々な可能性…その分かれた枝の先…」



話があまりに突飛だ。

着いていけない、何を言っている。



「待ってよ、あんたの言ってることは…」


「ファンタジー、あなたの世界で言うところの…ファンタジーですね」



息を呑む。

あるはずがない、そんなことは。


空想だからファンタジーなのだ。


人の手で生まれた妄想の産物でしかないのだ。



だが、それが、




「あなたのいるここが、そのファンタジーの世界です」


「…ッ!」



頭痛がする。

思考が環境に追いついていない。



「お部屋、ありますから…ちょっとお話しましょう?」


「…………」



フラフラとした足取りで彼女について行く。


新しめの木造の建物だ、気持ちに余裕があれば木の匂いを浴びながら安らぎを得られるに違いなかった。


気持ちに余裕があれば。



「どうぞ、腰掛けてください」


「…………」



案内された部屋には、木製の簡素な机と椅子があり、椅子の背もたれには動物の毛皮が掛かっていた。


言われるままに椅子に腰を下ろし、彼女もまた、枝温の対面に座す。




「…1から話して」


「は、はい…」



話を切り出す。

兎にも角にも、知りうるものを知り、疑問を解消しなければ、考えられるものも考えられない。




「ここは、先程も言ったとおり…所謂パラレルワールドです」


「…パラレルワールド…」


「はい、生物史以前からの微小な変化が積み重なり、あなた達で言う…ヒトの脳の構造、血の交わり、それらが大きく枝分かれした…アナザーです」


「…………」


「と、とはいっても、私たちにはこれが普通なんですけれど…」




訳が分からない。


いや、理屈だけならわかる。そういう可能性もあるのだと、それだけなら飲める。



だが、その世界と世界のセパレーターを乗り越える術など、それどころかその世界を確認する術でさえも聞いたことすらない。



見たところでは、枝温の元いた世界の方が、現代世界の方が発展しているように思える。


それでも解明できないナニカがここにはたんまりありますよ、と言われたところで、すんなり受け入れられる筈もない。




「ここは、特異分岐です」


「…何かおかしいものね」


「え、ええ…多分、あなたからすれば…文明が遅れているという感じですよね」



それには理由があるのです、と、彼女は一拍置いて言葉を紡ぐ。




「魔法です」


「…は…?」


「ここは、ヒトが魔法を扱える世界…そして、」



一瞬だけ陰りを見せた表情を、枝温は見逃さなかった。



「その力の使い方を誤り…あらゆる技術を失うほどの大戦が起こった、その末路です」



「…だから、なの?」


「はい、遅れた発展も、次元越えの…きっとあなたからしたらオカルティックな話も…魔法が発端です」




枝温は、半ば諦めかけていた。


どうせもう、自分の常識は通用しないのだろう。


それに、たとえ帰れたにしても、居場所も、生きるだけの気概もない。



「…そっか」


「…その、ごめんなさい、なんていうか…とんでもない迷惑、ですよね」



そりゃそうだろう。


巻き込まれたのが私でなく家庭を持つサラリーマンだったなら、子育てに奮闘する主婦だったなら、迷惑なんていうものじゃない。



「…なんで私だったの?」


「その、たまたまと言えばそうっていうか、えっと、技術が追いついてないっていうか、でも一応次元越えに成功したのは歴代で私が二人目で実はすごいっていうか…」


「…ふふ、なにそれ…」



笑うしかない。


笑うしかないじゃないか、こんなの。




「あ、あのごめんなさい、い、嫌だったらホントにすぐ戻しますっていうか、多分ちゃんと戻せる確証ないっていうか…」


「ううん」



いいんだ、どうせ明日を生きられるかも分からない身だった。



もう一度ここで、やり直してみよう。




「いいや」


「そ、それって…」


「…うん、でも…」



まだ問題がある。


致命的な問題が。




「…あたしね、ご飯、食べられないの」


「え…」


「…お父さんとお母さんね、食中毒だったの」



かつて枝温の世界で起こった、とあるホテルの食中毒事件。


食品の輸送する中で問題があったらしく、生食用の食べ物に付着した寄生虫によって多くの人が食中毒を被った。



「…結婚記念日だったんだって」


「…………」


「それからなんだ…怖くて」



帰ってきたのは両親ではなく、警察だった。


伝えられたのはただいまではなく、訃報だった。




「…ごめんね」


「…………」



彼女は、黙って席を立った。


ちょうどいい、思い出して気分が沈んでいたところだ。


疲れも…溜まっている。



一人に、



なり…



た、




…………








「……て……さい」



声が聞こえる。



「お…てく…さい」



眠ってしまっていたようだ。



「おきて…あっ、お目覚めです?」


「ごめん…寝ちゃって…」


「いえ、結構ですよ、それより…」



鼻腔が何かを捉える。


いい匂いだ。



「なに…?」



食欲をそそられるような…力強い…ニンニクだろうか。



「これ、どうぞ」



そう言って彼女が差し出したのは、



「…お弁当?」


「えへへ…当店最初のお客様…どうぞ!」



シンプルに、細切れ肉を醤油とニンニク、砂糖を使用して焼いたもの…


その下に敷かれた米にタレが染み込み、脇に添えられたサラダはちゃんと仕切りで分けられていて、熱で温まってなどいない。



「…………」


震える手で箸を取る。


怖い。


けれど…腹は減っている。



せっかく作ってくれたのだ、後で戻してしまうかもしれないが口に運びたい…



だが恐怖心が邪魔をする。



親が亡くなって以来続いてきた葛藤だ。


食中毒が怖いのではない、そんなものは滅多にあるものではない…両親のことも、運が悪かったとしか言えないことだ。



だが、純粋に…食べることが、どうしてか怖いのだ。



「ねぇ、こっち見てみてくださいよっ」



その時、彼女の声が聞こえた。


せっかくの料理なのに失礼だったろうか。


申し訳なくて仕方がない。



「………?」



しかし、目線を上げた先に写っていたものは、



「えへへ」



同じ弁当を手に、楽しそうに笑う彼女の姿だった。



「一緒なら、なんだって美味しいですよ!」






あぁ、



何時ぶりだろう、






こんなご飯って…






「…いただきます」



一口。


一口を、口の中へ…





「………」


「ど、どうでしょうかっ」




答えより先に、涙が出る。


しばらく、噛み締めたことなどなかった、味わったことなどなかった。



彼女のお陰で恐怖が薄らいで、やっと、やっと…




「な、泣くってことは、ダ、ダダダダメでしたか?!」


「ううん」




久方ぶりの、





ご飯の『 味』だ。









「誰かと食べるご飯って、おいしいね」

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