誰にも、何も
こんにちは、ナツメグです
イラストの手間がかなり省けるようになったため、創作意欲がえらいことになって、挿絵がストックされ始めて来ました。
更新がイラストのせいで遅くなるということはなくなりそうです!
そんじゃま、今回もどうぞ!
「目の下、隈ができてるわよ」
「はは…シオンさんこそ」
一晩中、泣き明かした。
ある少女は力を持ちながらも、それに付き纏われるもどかしさに、
ある少女は力を持たず、自分の為すべきことを掴むことが出来ない無力感に。
「…………」
「…………」
朝の支度を終えて、弁当を裏口からリヤカーへ積み込む。
二人の間に、交わされる言葉はない。
それは朝の眠気のせいでも、ましてや互いを嫌っているなどというわけでもない。
ただ、なんとなく、躊躇われた。
「こんなんじゃ客に文句言われちゃうわね」
「印象、最悪ですね」
「まぁ…仕方ないわよね」
そこから先の言葉は出なかった。
そこに触れてもいいものだろうかと、お互いがお互いに、腫れ物に触るように遠慮をしてしまう。
そうはいっても、このままでいいとも思っているわけではない。
このままズルズルと落ちていくだけにはしたくない。
こんな時、先に声をかけるのは、
「ねぇ」
「あの」
そんなものは決まってない。
困っているなら手を差し伸べ、悩んでいるなら包み込む。
そんな二人だから、“一期一会”なんて店名を掲げた。
「あ、そっちからいいわよ」
「いえ、シオンさんから…」
もどかしい。
本当は我先にと言いたいことがある、伝えたい気持ちがある。
けれど、一歩が重い。
「…………」
「…………」
そうしてまた、沈黙と静寂の中で、焦りと不安だけがぐるぐると混ざり合う。
言わなきゃ。
言わなきゃ。
相手の顔を見れば、表情は複雑で、きっと自分もそんな顔をしているんだろうなと苦笑いする。
どうしてこんなに不器用なのだろう。
ギルドで冒険者として活動していた時はこんなの何でもなかった。
喧嘩に明け暮れ荒れ果てていたあの頃は言いたいことはすぐにでも言わないと腹が立つくらいだった。
…それでも。
コンパクトでいい、単純でいい。
黙っているのではなく、言うことが、伝えることが、きっと一番の優しさになるのだ。
「「辛かったら、言って」」
「…よね」
「…くださいね」
それだけで、よかった。
その一言だけで、シオンは、シエルは、全てを理解することが出来た。
「行きましょ!」
「…はい!」
シエルの目下の悩み事はまるで解決に向かってはいない。
そのはずなのに、この僅かな時間が、何かをほんの少しだけ明るく照らし出してくれたような気がした。
「進駐の運びはどうなっている、ガルザード」
「はっ…来週に迫った侵攻はもはや待つのみ、御命令一つでいつでも例の村を落として見せましょう」
王宮。
時の国王は軍備の拡張に注力し、内政を疎かにしているのではないかと国民も疑いの目を向けている。
そしてそれは事実として正しいことであり、彼はあまりにも野心が強すぎた。
「獣人の村か…ふん、くだらん…」
「低俗な獣の分際で王の治めるこのガルバンディアを離れ、生意気にも自分たちで村を作るなど…お笑いですな」
彼もまたガルザード同様に、獣人の村を攻め落とすということに何の罪悪感も無い。
寧ろ、ガルバンディアの明日を築く礎として村を捧げることは誇らしいことだ、などというような勧告を送り続けている。
「私の慈悲をも蹴ったのだ…労働者としての人材と最低限の機能だけは残せ」
「は…するとそれ以外は…」
「好きにするがいい」
ガルザード率いる兵団は大陸でも指折りの強力な武装集団。
何よりもガルザード本人の力が圧倒的だった。
「…貴様なら一晩もかかるまいよ」
「有り難きお言葉」
ピンポイントに爆発的な破壊力をもたらすガルザードの魔術。
その制御能力は大陸でも二位に位置するほどのもの。
二位、に。
「…………」
「アルシエルが気がかりか」
「…いえ…あの女は戦いを嫌います…それに、たとえ奴と言えど、我が兵団の前には赤子も同然」
そう言いながら、ガルザードの目尻は怒りと憎しみから震え続けていた。
「…ふん、まぁよい…その力、存分に振るってこい」
「…はっ…!」
獣人の村侵攻作戦発動まで、残り10日。
「全部話して欲しい、っていうわけじゃないんだけどさ」
「……すみません」
「いいのよ、巻き込みたくないんでしょ?」
仕事も落ちつき始めた頃。
今日のシエルは、昨日とは見違えたようにテキパキと仕事をこなした。
表情だって、ちょっと疲れてはいるが、いつもの優しいあの笑顔が戻っていた。
「…まぁ、愚痴くらいなら私にも聞けるってものよ」
「…………」
口をつぐんだシエルの表情は硬い。
悩みが、その顔に浮かんでいた。
「…私、魔術師なんて好きじゃないんですよ」
「…うん」
ポツリと、小さな言葉から切り出す。
何を話そうか、何を聞いてもらおうか。
何もわからないけれど、そんなこと考えながらでもいい。
今は、シオンに頼りたい気分だった。
「…私が思い描いていた魔術師って…困った人を助けたり…枯れた花を咲かせたり…動物を元気にしたり…」
「…絵本の中の、魔法使い…みたいな」
「…けど、こんな世界じゃ…魔術は武力の一つに過ぎないみたいです」
心中を吐露していく。
少しずつ全容が浮き彫りになる、彼女の心の中。
シオンには、事情は理解出来ない。
けれど、やりたいことがあっても、現実に阻まれてしまうというのは、分からないでもなかった。
「魔法使い、ね」
「…文字通り、お伽噺ですよ」
シエルは、自分の存在に、大魔術師アルシエルの意味に苦しんでいる。
その存在とは、その意味とは、圧倒的な力を以て兵力の一端となることか。
それとも、核のような抑止力として、世界に力を誇示することか。
それとも、世界を滅ぼす、悪魔たりうるものか。
分からない。
「…分からないんですよ」
「…………」
自分とは何なのだ。
何になればいいのだ。
この力で、人間と同じように、認めてもらいたかっただけなのに。
この力で、誰かを助けて、みんなに信じて欲しかっただけなのに。
「…分かりません」
いくら考えても分かりっこない。
右に曲がりたくても、そこには現実という道は整備されていない。
それはただの身勝手でしかなく、周りから見れば異常以外の何者でもない。
だから、左の道の上を行くしかない。
『その道が正しい』という標識が立てられてしまっているから。
「…どうしたらいいんでしょうね…」
誇りを捨てることになっても、誓いを曲げることになっても、そうしなければならない壁にぶつかった時、人はどうすればいいのだろう。
シオンには、そんな経験はない。
そんなに複雑な悩みに陥ったこともない。
こんな時、どうするのか。
シオンなら、どうするのか。
「…よくわかんないけどさ」
「…………」
彼女なら、こう答える。
「こうしたら正しいとか、こうしたら間違いとかじゃなしに、死ぬ気で無茶しないと分からないこともあるわよ」
「!」
「…詳しくは分からないからなんとも言えないわ、ただ…」
シオンも、また。
理不尽に抗いたくて、アテもなく生きてきた人間の一人だった。
頭の中で、どれが正解かなんて考えているうちは、決して答えは出やしない。
なぜなら、しばしば道に例えられがちな人生というものは、近所のよく知っている道などではなく、知らない道に例えられるのが常なのだから。
可能性は無限だ。
何が起こるか、何が正しいのかなんて、誰にもわかりはしない。
左の道は世間一般からすれば正しい道かもしれないが、
誰も見たことのない右の道の景色が間違っているかどうなのかなんて、知る者はいない。
「アンタには、無茶できるだけの力があるじゃない」
「無茶できる…力…?」
「そうよ」
シオンは、直情型だ。
シオンは、真っ直ぐな女だ。
だから、迷いなくこう言う。
「それだけの力があって、何もしないで諦めるのは甘えよ」
「!!」
シオンには、魔法なんて使えやしない。
圧倒的な力なんて想像もつかない。
しかし、だからこそ。
躊躇いもなく、偉そうに、彼女らしく。
「ウダウダ言ってないで何かやってみりゃいいのよ!!」
何の考えもなしに、こう言える。
シエルを、信じているから。
彼女の限界は、こんなものではないと知っているから。
「…けど…戦わずに…どうやって…」
「…事情は知らないけれど…相手を倒すだけが戦いじゃないんじゃないの?」
「!」
倒すだけが、戦いではない。
時に退き、時に守り、時に耐える。
戦争なんて知らないシオンだからこその、俯瞰視点の言葉だった。
「勝利条件を見失っちゃダメなんじゃない?」
「…勝利条件…無茶………ふふ、そっか…」
暗い暗い虚空の中に、一筋の光明を見た。
何かを見つけた。
きっとそれはとても非効率的で、とても泥臭くて、とても有り得ないような“戦い”だ。
ガルザードの言葉に惑わされ、力を振るうことだけが頭にこびり付いていた。
けどそれは違う。
「…答えは一つじゃないんですね」
「人生なんか、たぶんそんなもんよ」
青空は澄み渡り、雲一つ浮かんでいやしない。
子供が画用紙に描いたような、そんなちょっと間抜けな青一色の空模様は、なかなかどうして、シエルの心の中の様子を見事に表現していた。
「ねぇシエル、私、アンタの役に立ったかしら?」
「えぇ、そりゃあもちろん」
「「ありがとう」」
『泥沼の要塞作戦』
発動まで、残り10日。




