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ゴミ屋敷の姫君と家出騎士  作者: 森戸玲有
終章 
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終章 ➀

 ――ノーヴィエの成人の儀が七日後に迫っていた。

 式の準備は着々と整っていた。

 国内外の来賓達も大都シスに集まりつつある。

 ――だが、セディウスの機嫌は悪くなる一方だった。

 つい先日、新しく派遣したばかりのルピス領主が、エアリアを捕えたという報告をしてきたのだ。更に新しい領主はエアリアと共に、ノーヴィエの成人の儀に出席するため、宮殿に来るのだという。何故、セディウスの言葉を無視して、事後報告などしてきたのか?


(エアリアが来る……なんて)


 生け捕りにしろと命じたのはセディウスだが、ここに連れて来いとは命じていない。

 しかも、よりにもよってこんな時に。

 勝手なことをしてくれるなと文句を言いたかったが、パトリシアの意を汲んだものだとしたら、むやみに叱ることもできなかった。


「殿下。ルピス領主が……」

「…………通せ。それから、いいと言うまで、ここには誰も通すな」


 ここまで来て、通さないわけにもいかない。


 下手にあしらって、パトリシアに引き合わされたら、エアリアの死刑は確実である。

 人払いはした……つもりでいた。しかし、次の瞬間セディウスが目にしたのは、パトリシアに連れられて入室する新しい領主と、ローブのフードで顔が見えない護衛、同じように長いローブを着せられ、両手を拘束された娘の姿だった。


「おい。なぜパトリシアが?」

「……あっ。お妃様が是非立ち会いたいと申されまして」


 しどろもどろに領主が答えた。パトリシアの遠縁でむしろ気弱だったからこそ、この男をルピス領主に任じたのだが、それが過ちだったことに、やっとセディウスは気が付いた。 

 パトリシアが咎めるように、唇を尖らせた。


「殿下……。なんでも、エアリアはルピス領主を襲撃しようと企んだとのこと。これはもう見過ごすことができないのでは?」

「パトリシア。余はそのような話、聞いていないぞ」

「これは事実です。上手く騎士団が制圧したから良かったものの」


 何だ。それは? またパトリシア子飼いの密偵の情報だろうか?

 本当に、セディウスはそんな報告を受けてなかったのだ。


「…………エアリア」


 セディウスは一段高い所に置かれた玉座から立ち上がって、八年ぶりに娘に呼びかけた。


「それは、本当のことなのか?」

「……嘘だと言って、私の言葉を信じて下さるのですか?」


 エアリアはうつむいている。小声だったが、意外なまでの色っぽさを含んでいた。

 思った以上に、女らしく成長したらしい。……が、髪色が違う。

 セディウスの記憶の中では、エアリアの髪は黒かったはずだ。今はなぜか金茶色になっている。


(……染めたのか?)


「ともかく、下を向かれたままでは、声が聞こえない。顔を上げよ」

「はい」


 エアリアが顔を上げる。緑青色の瞳がじろりとセディウスを射抜いた。

 だが、やはり違う。エアリアの目の色は紫だった。

 八年も会わないでいると、髪色も瞳の色まで変わってしまうものなのか。

 ……まさか?


「殿下、どうされるのです?」


 パトリシアが派手な紅のドレスの胸元で腕組みをしていた。彼女がエアリアのことを知らないのは無理もない。ほとんど会ったことがないからだ。しかし、セディウスは忘れていなかった。


「お前……本当にエアリアなのか?」


 ――と。突如セディウスの背後で、人ではない獣の咆哮が轟いた。


 ―――がぉぉぉん!


「きゃぁぁぁっ!」

「静かにしろ。パトリシア!?」


 パトリシアを怒鳴りつけながら振り返ったセディウスの目に、飛び込んできたのは、金色の鬣をそびやかしている大型動物だった。


「……しっ……獅子?」


 耳にしたことはあったが、目にするのは初めてだ。


 ――しかし。


「獅子でありませんよ。……猫です」


 言下に否定したのは、若い娘の声だった。


「いい加減、獅子だと認めたらどうですか。エアリア様?」

「何っ?」


(…………エアリア?)


 そうして、ようやく、セディウスは全体をとらえることができた。自分の後ろには謎の獅子と、それに隠れるようにして黒髪の娘がいた。更にその一歩後ろに派手な金髪の優男が直立している。


(今まで、ここには何もなかったはずなのに……?)


 突然の異常事態に、呆然としていると、黒髪の娘……エアリアが地味なドレスを摘まんで小さく頭を下げた。


「ご無沙汰しています。大公殿下。エアリアです」

「……お前がエアリア?」

「はい。少し試したいことがあって、こんな登場の仕方をさせてもらいました。ご気分を悪くされましたら、申し訳ありません」


 ――試す……だと? 


 なぜ、大公である自分が小娘のエアリアなんかに、上から目線で物を言われなければならないのか。すぐに反撃してやりたいところだが、エアリアの傍らの獅子が舌舐めずりしていて、動けなかった。


 ――衛兵はまだ来ないのだろうか?


「ちょっと、お前がエアリアだというの! では、この者は一体?」


 パトリシアがエアリアの身代わりとして跪いている娘を指差した。しかし、娘が顔を上げて口を開く前に、さらっと答えたのは、エアリアの隣にいた青年だった。


「ああ。紹介が遅れてすいません。あれは俺の姉ラーナです」

「…………はっ?」

「俺はセイルと申します。当然、俺のことは調査済みとは思いますが?」 


 セディウスもパトリシアも、何も言えなかった。

 確かに、セディウスはこの青年のことを知っている。アリザスの手下に「セイル」という名の騎士がいることは調べさせていた。しかし、セイルの姉がここに紛れこむ理由がさっぱり分からない。


「一緒に行くと姉が言うので、アリザス殿に協力してもらいました」

「何だと? ……ア、アリザスは、生きているというのか?」


 今度こそ、セディウスは腰を抜かしかけた。


「残念ながら……」


 そう言ったのは、新しい領主についていた護衛だった。

 相貌を隠していたフードを取ると、それは見覚えのある栗色の髪の若造……。


「ア、アリザスっ!?」


 敵意むき出しにセディウスは叫ぶ。

 ――が、抜け目ないアリザスは、新しい領主に短剣を向けていた。


「ひーっ。言われた通りにしたんですから、命は助けて下さい」


 情けないことに、ひ弱な領主は早速両手を挙げている。

 アリザスは、嫌がらせのように晴れやかな微笑を浮かべていた。


「大公。貴方に情報が伝わらぬよう画策しました。貴方が送り込んだこの領主が上手くやっているよう見せかけてたんです。上手く騙し遂せたようで、良かったですよ」

「まさか……。そんな?」


 もはや、救いようがない。全員、処刑の命を下すしかないだろう。

 怒りで肩を震わせながら、エアリアをちらりと見やれば、しかし、エアリアは、窓の外の風景に視線を向けていた。


「大公殿下。みんなの言っていることが本当か分からなかったので、私、少しだけシスの様子を見学してみたんです。けど、残念ながら、あまり良い状態とは思えなかった。みんな萎縮して、領民はノーヴィエが大公になることを喜んでいませんでしたよ」

「……エアリア?」

「いい加減になさい! お前にノーヴィエの何が分かるの!?」


 パトリシアの怒声がセディウスを我に戻したが、エアリアは人形のように眉一つ動かさなかった。


「そう。パトリシア様の言う通りです。たった数日の滞在で私に何が分かるものでしょう。だから、別に私はノーヴィエ公子が大公になることを反対しているのではありません。それは、ルピス領で閉じこもっていた私が口を出す権利のないことだと思うので……」

「ふん、ならば、なぜここに来たのです。セディウス殿下を弑して、大公の位を狙いに来たのでしょう? そうはさせぬ!」


 パトリシアはきびすを返して、廊下の方へ駆け出し……、派手に何かにぶつかった。

 彼女を後ろに転がしたのは、長身の男だった。

 豪奢な金色の刺繍が入っている黒の詰襟の最正装を纏い、灰色の長髪を緩く後ろに結んだ美丈夫は、青灰色の瞳を細めて尻餅をついているパトリシアに手を差し伸べた。


「すまない。急いでいたので前が見えなくて」

「いっ、いいえっ」


 男の手を恭しく借りて立ち上がるパトリシアの顔は、にわかに紅潮していた。


「…………な……ぜ?」


 セディウスの声は完全に裏返っていた。見間違えるはずがなかった。

 間違いない。この男は……?


「……陛下」


 どんなに贈答品を送っても突き返し、美妃を送ろうとしても一向に靡かない。

 どちらかというと、避けられているのではないかと、セディウスの不安材料ばかりをかきたてる大国イルミアの若き王。


 エクスリア=イン=リュディファウル。無駄に長い御名だった。


「どうして、貴方がここに?」

「もちろん、大公が招待状をくれたからです。公子の成人の儀があるんですよね?」

「そうです。確かに七日後に開く予定です。陛下御自ら足をお運び頂き、有難い限りなのですが、それにしても、随分早いお着きで?」


 実際、早いとかそういう問題ではなかった。

 イルミア国王はセディウスが送った招待状に、代理人を派遣すると返答してきたはずだ。本人が何の連絡もなしに、ここにいること自体、明らかに変だろう。

 セディウスの戸惑いを察したのか、イルミア国王は口元に笑みを蓄えた。


「ああ。早く着いたのは訳がありまして。今回の式典で私は初外交も兼ねて、私の婚約者を内外にお披露目する予定だったのです。ですが、何とその婚約者が急にいなくなってしまいましてね。はぐれてしまったのかと、ずっとこの辺りを捜していたのですよ」

「婚約……者?」

 

 そんな女性がこの男にいることを、セディウスは知らなかった。 

 ――そして。


「ああっ!」


 セディウスが大仰に、アリザスの隣のラーナを指差した。


「彼女が私の婚約者です。一体、どうしてここにいるのでしょう?」

「…………はっ?」


 余りにもわざとらしい演技だった。

 白けた観客を置き去りにして、イルミア国王の芝居は続いた。


「おやおや。何か縛られていますね。一体、どうしたんでしょう。我が愛しのラーナがっ!」


 ――しん……と、その場が静まり返った。

 ラーナとセイルが同時に溜息を吐き捨てる。


「姉さん。何でこの人が来たんです? 益々複雑になるでしょう」

「そうよね。リュファ、何で来たの? 来るなら一言ちょうだいよね。小さい姿に変えることくらい簡単に出来たのに」

「小さい姿じゃ、時空を超えるには便利だけど、君の暴走が止められない。妻の暴走を止めるのは夫の役目だろ?」

「…………これは、一体どういう?」


 顔色をなくしたパトリシアが全員を見渡し、口元を両手で押さえた。

 彼女なりに、この事態の結末を悟ったのだ。


「陛下。ご助力頂き有難うございます」


 アリザスが跪いて、一歩前に踏み出したイルミアの若き国王に深々と頭を下げた。

 セディウスはあまりの事態に、イルミア国王に頭を下げるほどの余裕もなかった。


「別に、君に協力したわけじゃない。元々、大公のやり方は気に入らなかったんだ。でも、私が腰を上げたら侵略になってしまうだろう。そこまで面倒なことはしたくないからね。内部の人に正してもらった方が良いと思ったのさ。それだけだよ」

「……つまり、陛下が?」


 ――ルピス領主の生存に、派遣した騎士団の掌握。

 セディウスのところまで伝わらなかった多数の重大な情報。


 他の領地が協力したところで、ここまで徹底できるはずはないが、裏にイルミア王がいるなら話は別だ。どうりで、衛兵も来ないわけだ。最初からこの男が仕組んでいたのだ。


「大公。私はつい最近まで、心底どうだって良かったんだ。アリザスとは彼が留学中から面識があって、色々聞かされていたけど、私だって自分の国のことで手一杯だからね。面倒なことに首を突っ込みたくなかった。ただ私の義弟のセイルがそこのエアリア様に大層お世話になったみたいでね。貴方が息子の行く末を案じるように、私にとっても義弟は可愛い家族だ。害されたら、たまらない」

「…………エアリア。お前は?」


 一体どこでこんな大物を釣り上げたのかと、睨みつけるが、エアリアは眠たげな視線をセディウスに送るだけだった。


「大公殿下。私も彼らが何者なのか、最近まで知らなかったのです。でも、なぜかこんな私の傍にいてくれました。こんな……扱い辛くて偏屈な私の傍にいてくれた。感謝してもしきれないことと思います」

「何か、今生の別れのような言葉で、微妙に腹が立つんですけど。エアリア様」

「えっ? そうですか。私なりに素直になったつもりなんですが、変でしたか?」

「まっ。……ともかく」


 セイルが腰の剣を抜き、片膝をついてエアリアに手渡した。


「ゴミ部屋人生の幕引きでしょう。貴方が決着をつけるべきです」


 エアリアは、アリザス、イルミア国王、ラーナ、そして獅子からセイルの順にぐるっと見渡した。

 皆、それぞれ小さくうなずき、エアリアは彼らに微笑で応えた。

 慣れた手つきで剣を構え、毅然とセディウスと向かい合う。


「父……上」


 八年ぶりに、エアリアがたどたどしく、セディウスを父と呼んだ。


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