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ゴミ屋敷の姫君と家出騎士  作者: 森戸玲有
第4章 セイルの正体
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第4章 ⑤


「……つ」


 小さな窓から差し込む明かりに、ゆるゆると目を開ける。

 いつもの朝のはずだったが……。


(違うわ!!)


「わ、私……」


 昨夜の驚きのままに、慌てて上体を起こしたら、セイルの姿はどこにもなかった。


(……やっぱり、夢?)


 昔から、自分はおかしな人間だと思っていたが、とうとう、こんなふしだらな夢まで見るようになってしまったのかと、落ち込みながら体を起こしたら、セイルの濃紺の外套がかけてあった。慌てて、立ち上がってみたが、特にドレスに乱れはない。


(……何だったの?)


 急に我に返って、セイルは帰ったのだろうか。それとも、衛兵に呼びだされたのか……。

必死に記憶を辿るが、セイルがのしかかって来た頃から、さっぱり覚えていない。

 蒼白になって地べたに膝をついていると、衛兵に呼ばれた。

エアリアはゆるゆると振り返った。


「……申し訳ありません。エアリア様。ろくな物が用意できなくて」


 老いた衛兵は申し訳なさそうに、硬いパンと冷めたスープを粗末なトレーに載せて床に置いた。エアリアにとっては食事があるだけ有難いことなのだが、彼らはエアリアを苛めている気がするらしい。


(罪悪感なんて、持たなくて良いのに……)


 アリザスがエアリアを匿っていたことがおおやけになったせいか、アリザスの家族はともかく、館の兵士達はエアリアに同情的だった。


「どうして、そんなに沈んだ顔をしているのですか。私の望んだことですから、誰も悪くなんてないんです。それに……」


 エアリアは目を泳がせながら、頭を下げた。


「昨日は、セイル殿を通してくれたみたいで……」

「えっ、ああ」


 扉の前から一歩も動かない兵士は、気まずそうにうなずいた。


「あの騎士……ですか」

「どうしたんですか?」


 白い髭を撫で、気まずそうに兵士が目を逸らしたので、エアリアは動揺した。

もしや、エアリアとセイルの会話を聞いていたとか?


(だったら、もう私、この場で消えるしかない……)


 しかし、老兵の気まずさはそこにはなかった。

次の瞬間、凄まじい爆音がエアリアの耳を浚った。

まるで、天地がひっくり返ったかのような地鳴りと揺れ。


「な、何っ?」


 エアリアのいる塔が傾くほどの衝撃だった。

慌てて、小窓から外を覗いてみるが、明かり窓として作られた小さな四角から景色が見渡せるはずがない。衛兵が狼狽しながら、入口の扉を閉めようとしたので、エアリアは急いで衛兵の袖を掴んだ。


「外で何かが起こっているようですが、貴方はご存知なのでは?」

「いや、そんな……。ともかく、エアリア様は外の安全が確認できるまで、ここで大人しく待っていて下さい。すぐに終わりますから」

「終わる?」


 この衛兵、とてもよく事情を知っているらしい。


(……というより、この人、何かに関わってる?) 


セイルは衛兵を買収したと言っていたが、彼らの仕事は昨夜セイルを手引きすることだけではなかったのか? 

白髭の衛兵は一方的に鉄扉を閉ざそうとする。


「待って……下さい」 


エアリアは躊躇なく、扉の間に自分の足を入れた。


「エアリア様!?」


 さすがに、ここまでするとは思ってもいなかったのだろう。

 他の衛兵達も出動して、エアリアを部屋の中に押し込もうとした。


「何が起きているのか教えてくれたら、大人しくしますから」


 彼らが手加減していることは有難い。この程度だったら、エアリアも負けはしない。


「今の音、昔、騎士団で耳にしたことがあります。大砲の音ですか?」

「なっ!?」


 図星らしい。……とすれば、理由は一つしかなかった。


「アリザスですか?」


 エアリアがハッとして言い放つと、彼らは一瞬動きを止めた。


「意識の戻ったアリザスが貴方達に命令を出したのですか。交戦しているのでしょう?」

「エアリア……様」


 有無をも言わせない迫力に、衛兵たちも押し黙る。それは、肯定の意味だ。


――セイルは嘘をついたのだ。


(騙された……)


 息を吹き返しているのに、目覚めるのが遅いとは思っていたが、アリザスは、とっくに意識を取り戻していたのだ。そして、彼は新しい領主が来るのを見計らって、攻撃をした。――エアリアの身柄を渡す気はないと、訴えるために……。


(セイルもその計画に乗った?)


「何で……?」


 エアリアの意志は、ここにあるのに。昨夜、セイルだって、納得していたではないのか?


「みんな、それぞれが勝手にやっていることなのです。エアリア様」


 白髭の衛兵が青筋を立てているエアリアの前に跪いた。

 一人が片膝をつくと、また一人、また一人と人数が増えていく。

 衛兵……、いや、それだけではない。

この館に常駐しているアリザス直属の兵士達だ。皆、ここに集結していたらしい。


「大公の息のかかった新しい領主など、俺達はこの土地に入れたくないのです。一時的でも構いません。このルピス領から追い払いたい。そしたら、いずれどこかの領地から援軍も来るかもしれないでしょう。腰の重いアリザス様を説得したのは、我々の方なのです」

「でも、こんなやり方は間違っていますよ。もっと穏便に……」

「しかし、エアリア様。アリザス様は大公に狙われた。大公は、ルピス領の民が謀反を起こすと疑っている。アリザス様の臣である限り、どのみち粛清は免れないのです」

「でも、それは私が……」


 そう口にしながら、しかしエアリア自身、そうかもしれないとも思っていた。

自分の命の軽さを嫌というほど分かっている。

エアリアが命懸けで罪をかぶったところで、助命嘆願したところで、父が動いてくれるとは限らない。


(じゃあ、私はどうしたかったの?)


セイルに大見得切って、家を飛び出してきた。

ただ、自分の殻の中に逃げたかっただけなのだ。目をつむって眠っていたかった。

すべてのことから目をそむけたかった。―――きっと、それだけだったのだ。

若い衛兵が、エアリアの目を見て言った。


「それに、我々は貴方様が受けた数々の仕打ちについても初めて聞かされたのです。大公も前領主も酷過ぎる。実の娘である貴方様を、あんな辺境の鄙びた別荘に閉じ込めていたなんて……」

「いや、それは……」


 アリザスのおかげで、あの別荘に移ることが出来たのだが……。

 やや、伝聞が大きくなっているようだった。


「俺は許せません」

「私もです。エアリア様!」

「我々がもっと早く知っていれば、もっと早く貴方様をお救いできたのに……」

「今まで、大変な御苦労を強いてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「前領主からも数々の嫌がらせを受けたとか……。私が言うのもなんですが、前領主は思い込みの激しい方でした。どうか……今までの仕打ちをお許しください」

「俺はもちろんアリザス様に忠誠を誓っているが、エアリア様のために戦いたい。大公をぎゃふんと言わせてやりましょう」


次々と兵士達が声を上げる。中には目に涙を浮かべている者もいた。


(何で?)


 エアリアは、その光景を呆然と眺めていた。


(私……)


 近づいてくる人間は、エアリアのことを邪魔と思っている人間か、利用しようとしている人間か、その二種類だと考えていた。 目の前の兵士達はそのどちらだろう?

 少なくとも、邪魔とは思っていないようだ。


(……だったら、利用価値?)


 しかし、彼らがエアリアを利用するために、こんな演技をする意味が分からない。

アリザスの指示で行われている芝居とも思えなかった。


 ――多分、彼らは、心の底からエアリアに同情しているのだ。


 身分も、お金も、何もない空っぽな小娘を、心の底から憂いているのだ。


(どうして?)


 分からなかった。エアリアを大公に差し出せば、それで平和は保たれる。その可能性だって十分あるのに。

 白髭の衛兵が恭しく口を開いた。


「皆、各々自分の意志で動くよう、指示されています。エアリア様は一切、この件には関係ありません。我々はアリザス様より、この混乱に乗じて、貴方様を安全な所に移すよう命じられています。外の安全が確認でき次第、一緒に来て頂けませんか?」

「……私は」


再び、轟音が鳴り響いて、背後の窓が軋んだ。


――決して、誰かを傷つけたいわけではなかった。


(私、どうしたら良いの?)


一か八かで、父に助命をする? でも、きっと、誰もそんなことを望んでなんていない。


(私……間違っているの?)


エアリアは、領主の仕事を軽んじていた。

アリザスが衛兵をはじめ領民の命を預かっていることを失念していた。

彼一人が助かれば、すべてうまくいくと思っていた。 

エアリアにとって、年下の弟のようなアリザス。けれども、彼の肩には領民の生活が乗っているのだ。エアリアは 彼らの意志を無視していた。

そして、彼らがエアリアのことを思ってくれるなんて、想像もしていなかった。


(長い間、私は昔を引きずり、自分だけが不幸なままだった)


 だから、死ねなかったのかもしれない。

 毒杯を呷ってしまえば楽になると思ったのに、出来なかった。

 ……怖かったのだ。

 誰の記憶にも留まることもなく、冷たく凍りついたまま、消えて行ってしまう自分が。

 昨日、触れたセイルの温かさが恋しくなる。

セイルは、そんな愚かなエアリアのことを分かってて、それでも生きて欲しいと思ったのだろうか。


(私、生きたいと思っても良いのかな……)


エアリアは深呼吸して衛兵達と向き合った。


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