第4章 ②
――出会った時から、ずっとネイを騙していた。
エアリアが家出したと聞き、すぐさま捜しに出ようとしたネイに対して、オージスはバツが悪そうに、すべてを告白した。
――オージスから、友人の「アル」と紹介された深手を負った青年が実はルピス領主・アリザスであること
――オージスはアリザスの直属の臣であり、ネイと都で出会った時、自分は公国の現状を探るようアリザスから指示されていたこと。
――エアリアが本当は亡くなったとされている公国の姫君であること。
――そして。アリザの勅命によって、この村で農夫を演じつつ、陰ながらエアリアを護衛していたこと。
すべてを打ち明けられた。
セイルもまたアリザスが頼んだ人間であり、オージスが頭を下げてエアリアの護衛になってもらったらしい。
何もかもがネイにとって、驚倒すべき事実だった。嵐のような真実が現実として認識できた時、ネイは当然のごとく憤慨していた。最低最悪だった。
(そりゃあ、独り者で畑を耕してるよりは、夫婦の方が怪しくはないわよね)
結局、ネイは利用されたのか?
しかし、結果的に利用されたこととなっても、オージスがネイに傾けてくれたものが愛情であることは確かだ。それは、嘘偽りでないことをネイは信じている。
だから、表立って怒ることも出来なかった。
そもそも、求婚したのは、ネイの方なのだ。
オージスには何か秘密があるのだと、出会った頃からネイには分かっていた。
それでも良いからと、オージスがどんな人間でも自分はついて行くと、胸を張って宣言したからこそ、オージスはネイとの結婚を承諾した。
元々、身分差があった。
都で花を売っていただけのネイは、貧しい家の出だった。
花売りという言葉だけなら聞こえが良いが、一般的には娼婦を連想する者が多い。
ネイはそんな仕事はしなかったが、大半の人間が卑しい職業だと蔑む目があることは確かだった。だから、得体が知れないとはいえ、裕福そうなオージスに対して、生涯を共にして欲しいなどと、口が裂けても言ってはならなかったのだ。
(それを、オージスは全然気にしなかった)
最初、オージスがルピス領で農民になろうと告げた時は、幸運だと思った。
遠い地に行けば、誰もネイの過去を知らない。
もう一度人生をやり直せると、オージスに感謝したくらいだ。
確かに、おかしい。急に農家になどなれるはずもない。
分かってはいたけれど……。
でも、もしかしたら、オージスは何者かに追われているのではないかとも思った。
実際、オージスは周囲の気配に敏感だったし、神経質なまでに、村に訪れる者に注意を払っていた。
ネイは、オージスに少しでも、心を癒して欲しいと願った。
自分が新天地に来て、自分らしく生きられるようになったように……。
―――だけど、まさか……。
(エアリアの護衛だったなんて……)
微塵も想定していなかった。
(だって、まさか、公国のお姫様が……。追放されたって言ったって、あんな小さな屋敷で、ぼろ雑巾のようなドレスを着てたった一人で暮らしているなんて、想像つかないでしょ)
それでも……。
ネイがもっと前にエアリアに出会っていれば、ここまで彼女を独りに追い込むことはなかっただろう。どうして、魔女だなんて、村の評判を鵜呑みにしたのか……。
なぜ、もっときちんとオージスに訊ねなかったのか……。
――魔女なんているはずもないのに……。
何処かの家を無くした少女が無人の領主の別荘を勝手に使用しているのだと……。
エアリアに出会ってもなお、ネイは思い込んでいた。
(オージスのことを、責められたもんじゃないわ)
野菜を盗んだなんて……。
エアリアの言い分も聞かずに、言いがかりをつけて、無理に畑仕事を手伝わせて……。
彼女がどんな思いで、母親を喪った後、一人ぼっちでであの屋敷にいたのか。
いつ、刺客が放たれるかもしれない恐怖の中で、誰が彼女の助けになってあげられたのだろう。
『亡き前領主、更には大公から睨まれているエアリア様と、アリザスの配下である自分が接触を持ってしまえば、かえってエアリア様のお立場を悪くしてしまう』
そう、オージスが苦々しく語ったことは、ネイとて頭の中では理解できる。
権力者の世界は、ネイが計り知れないほど大変なのだろう。
だけど、ただ遠巻きに眺めているくらいだったら、いないのと同じではないかと、疑問に思うのだ。
(それって……、私の考えって、間違ってる?)
オージスを責め立てることも出来ず、ネイはただ悔やむだけの日を過ごしていた。
その日々が一変したのは、オージスが慌ただしくネイを村長に預ける手筈をと整えたことだった。
自分はしばらく留守にするから、村長の家にいるようにと言い置いて、出て行った。
(オージスは、エアリアの居場所を知っているんだわ……)
大体、アリザスもオージスも、そして何よりセイルが出て行ったエアリアを捜さないわけがないのだ。
(だって、とっても愛されているんだもの。エアリアは……)
不器用すぎて嫌になるような愛され方だが、アリザスもセイルもエアリアに心を奪われている。そして、ネイもまたエアリアの気取らない性格を好ましく思っていた。
公国の姫であることなんて関係ない。
(初めて、年の近い友達を持てたかもしれないのに……)
それを、エアリアに分からせてやりたかった。――そして、自分を蔑むようなことはやめて欲しかった。
ネイは、結婚してから初めて、オージスに逆らうことを決めた。




