表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴミ屋敷の姫君と家出騎士  作者: 森戸玲有
第4章 セイルの正体
18/27

第4章 ①

 ――そこまでして、エアリアを殺す必要はないのではないか?


 心底で、セディウスはそう感じていた。

 サファライドは、平和な国だ。イルミアから事実上独立をし、数百年。

 国内で内乱が起こることはあっても、基本的に小競り合いで決着し、歴代の大公は上手く収めていた。

「後継者争い」なるものを、後添えに迎えた妻は恐れているが、そんなことになりはしないだろう。

 城から追放したエフェクトの姫イリア……。

 エアリアの母は、昨年病で死んだと伝え聞いた。   

 元々、二人を追放した際に、国内外に后と娘は事故で死んだのだと公式に発表していた。あの母娘は、表向きには死んだ人間だ。


 セディウスとのつながりもなく、出自も判然としない娘。


 どうせ何もできやしない。何を恐れる必要がある。


(まあ……。殺人は得意そうだが)


 セディウスがイリアと共にエアリアを追放したのは、それが理由だった。

 エアリアは、剣を持つと人が変わったように鬼気迫る顔つきで激しく打ち込む。

 騎士団の連中は、剣才の持ち主だと囃し立てていたが、セディウスにとっては、薄気味悪いだけだった。

 女に、剣術など必要ない。

 欲しかったのは、男を癒す笑顔と、男に従う従順さだ。

 政略結婚をさせるにしても、淑やかさの欠如している娘なんて高く売れない。

エアリアには、圧倒的に女性的な部分が不足していた。

 息子を短剣で刺そうとしたイリアを目撃した時、さすがあの娘の母だと恐怖した。

 二人まとめて、死んだ方が国益になるのではないかと、セディウスは本気で考えた。

 結局、家臣にそれだけは駄目だと阻止されて、命を奪うのは断念したが……。

 それでも自分の下した決断に、後悔はしていなかった。

 サファライドがイルミアに接近するためには、エフェクトの血は排除しておかなければならなかったし、セディウスは、妻のイリアに憎しみを抱いても愛情は持てなかった。


 ――しかし。息子が成長するに従って、揺らいでいる自分がいた。


(…………一人息子というのがいけなかったのか) 


「――殿下。ご機嫌麗しく」

「…………パトリシアか」


 振り返ると、派手で重そうな紫のドレスを纏ったパトリシアが、わざとらしく口角を上げて立っていた。

 豊満な胸元を隠しもしない、寒々しい格好だった。

 自分の魅力を惜しみなくふりまく女は嫌いではなかったが、今は複雑な気持ちだった。パトリシアはセディウスの妻でもあるが、母でもあるのだ。

 セディウスが自分に気付くのを待っていたようだが、痺れを切らしたらしい。


「こちらにいらっしゃるかと思いまして……」


 城を形成している三つの塔。

 セディウスは、その真ん中の塔の最上階から外界を俯瞰するのが好きだった。

 世界が自分のもののような気がするからだ。

 だからこそ、この場所で、むやみやたらに自分の側に人は寄らせたくなかったのだ。

 いかに妻であっても、許せることではない。

 しかし、叱りつけるのも面倒だった。パトリシアの言いたいことは分かっていた。


「安心するが良い。ノーヴィエの成人の儀は華やかにするつもりだ」

「……殿下」 


 しかし、途端にセディウスは、パトリシアの蛇のような視線に絡めとられて、硬直した。まだまだパトリシアは、言いたいことがあるらしい。

 渋々、セディウスは人払いをした。

 パトリシアは、音もなく立ち去って行く近従達の後ろ姿を見送ってから、堰を切ったかのように早口で捲し立てた。


「…………まだ。あの者は生きているというではありませんか?」 


 予想通りの話題だった。

 セディウスは、溜息を吐き捨てることしかできない。


「私には他人事ではないのです」


 パトリシアは、自分で情報屋を買っているらしいと耳にしていた。

 次期大公の生母なら多少の差し出がましさは、仕方ないと目を瞑っていたが……。

 ――それでも、譲れないことはあった。


「感心しないな。パトリシア。エアリアの件は、余に考えがあったのだ。お前は刺客を雇って、アリザスと一緒にエアリアまで襲わせたそうだな?」

「ルピス領主は、殿下に忠誠を誓う証として、エアリアを殺すと言ったのに、一向に殺せなかったのですよ。まとめて、葬ってしまうのが良いと思ったのです」

「それは、余の意志ではない。余の目的は、ルピス領主にあえて叛乱を起こさせ、自滅させるのが狙いだったのだ。お前がおかしな真似をしたせいで、二人の接触が早まったのは明白だ。おかげで余は、弓兵まで動かして、アリザスを殺す羽目になってしまったわ。ノーヴィエの成人の儀まで、泳がせておけばよかったものを。まったく愚かな……」

「お許し下さい。殿下。私はいても立ってもいられなかったのです。今まで何度もエアリアに刺客を放ちましたが、すべて返り討ちされてしまうのですよ。あの娘は魔女です。ノーヴィエのことを思うと、恐ろしくて……」

「あれも一応は、私の娘だ。それ以上の侮辱は許さぬ」

「も……申し訳」


 顔面蒼白でこちらを見上げるパトリシアを、セディウスは白い目で見返した。

 パトリシアの刺客が返り討ちに遭うのは、セディウスにも想定内のことだった。

 エアリアの剣腕がいかに天才的であるかは、騎士団の面々から散々報告を受けたセディウスにとっては、悉知の事柄だった。

 しかし、パトリシアはそれを知らない。だから感情に任せて、素人の刺客を雇い続ける。永遠にこの女にエアリアは殺せないだろう。剣でエアリアは殺せないし、セディウスには殺す気もない。

 ――だが、アリザスは別だった。


「おかげで、余は他の手を考えなければならなくなってしまったではないか」

「それは一体?」

「……後任のルピス領主だ。ルピス領にはアリザスの忠臣もいる。エアリアとているのだ。エアリアが生きていることは、サファライドの重臣には周知の事実でもある。叛乱の芽は早めに摘んでおかねばならん。エアリアを頭にして、弔い合戦などされた日には、ノーヴィエの成人の儀どころではなくなるぞ」

「……そんな」


 ようやく自分の浅はかさに気づいたのか、パトリシアは目を丸くして、両手で口を覆った。ここまでこの女が神経質になることも分からないでもなかった。

それは、セディウスにとっても由々しき問題だったからだ。


「母上様っ!」


 背後から、めいいっぱい抱きしめられたパトリシアは前のめりになった。


「へへっ。やっと、母上様を見つけました!」


 ノーヴィエが父の前で恥じらいもなく、パトリシアに抱き着いている。

 セディウスは眉間に皺を寄せた。

 ノーヴィエは一段と、太ったように見える。

 体重だけなら、パトリシアを越えてしまいそうなくらいだ。

 しかも、十一歳にもなっても母親離れが出来ず、姿がないと泣き喚くらしい。

勉学も剣術もやる気がなく、食べることだけが楽しみなのだそうだ。

ノーヴィエが一人息子でなければ、セディウスはすぐさま追い出していただろう。


「どうしたの? お父上も怖い顔をして?」


 ……無邪気? いや、違う。ただの馬鹿なのだ。


 エアリアはルピス領で、ぽろぽろの衣服を纏い、落ちぶれているらしい。

壊れた人形のようになっているのだとか……。

 いっそ殺してやった方があの娘のためなのかもしれない。公女として生まれた身で、その日の食べ物にも困るように成り果てたのでは、本人も居た堪れないだろう。

 だが、セディウスは躊躇ってしまう。

 子供の頃の利発で溌剌としたエアリアを、知っているせいだ。

 イリアには憎しみがあったが、エアリアは、ただやり過ぎだだけだ。


(もしも、あの娘が男子であれば……)


 たとえ、エフェクトの血を引いていたとしても、もう少し、面倒も見られたかもしれないのに……。

 危険な芽は早々に摘むのが鉄則だが、それももったいないような気がする。

 では、どうするぺきか?

 芽が花になって、良からぬ輩に利用されるならば、その前に、身近に置いて監視の目を増やすしか手はない。


「いっそ、生け捕りにする……か」


 セディウスは誰にも聞こえない小さな声で、ぽつりと呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=623042480&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ