表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/27

第3章 ④

 二人は、長いこと無言だった。

 アリザスが喋るのを待っていたエアリアだったが、さすがに沈黙に耐えきれず、仕方なく自分から口を開いた。


「あの……。ほら、従者の方はどうしました? オージスさんとか、セイル殿にいてもらった方が良いのでは?」


 久しぶりすぎて声が上擦る。まともに呂律が回っていたかも怪しいが、逃げ出すことが出来ないのなら、話すしか手がなかった。

 屋敷の裏庭は、もう何年も放置しているので、鬱蒼と茂っただけの荒れ果てたものだったが、月明かりのおかげで、やけに幻想的だった。


「エアリア。それって僕が恐ろしい獣のような言い方だよ?」

「別に、そういうわけではなくて。刺客が襲ってくるかもしれないじゃないですか。アリザスは、大公に狙われているのでしょう」

「うん。狙われてはいるけけれど、僕にとっては、君と会うことの方が重要なんだ。僕はこの機会を三年前からずっと待っていた。君と表立って会うことも、近づくことも出来なかったけど、あの時とは違う。僕は領主になって、一年でいろんなことに手を尽くした。ちゃんと二人で話ができる環境を手に入れたんだよ」

「あまりにも、無防備すぎますけどね?」


 エアリアは、アリザスの左腕に巻かれた真白い包帯に目を眇めた。

 こんな機会を作るより、アリザスには安全な場所にいてもらいたかった。

 どんなに形は変わっても、アリザスはエアリアにとってかけがえのない幼馴染みで、弟のような存在なのだ。


「丁寧語なんだね?」

「今は誰に対してもそうです」

「今更……、親しげにして欲しいとは思わない。でも月日は感じる……かな」


 アリザスは肩にひっかけただけの外套を、風にそびやかしながら、やけにゆっくりとエアリアの後について来た。


「君が塵部屋で生息していると聞いて、戸惑ったけれど。その服と髪はともかく、やはり君は美しい。剣を携えて戦う君は、優雅に舞っているようだった」

「いや。別に見世物じゃないですし……」


 げんなりしながら答えると、アリザスは口元を緩めた。

 昔のようで、そうではない微妙な雰囲気がある。


「…………悪かった」


 アリザスが深々と頭を下げた。


「あの時の僕は、傷ついていた君に付け込もうとしていたんだ。僕が悪かった」

「えっ?」


 どうして今更、アリザスが謝罪するのか?

 エアリアは戸惑っていた。謝罪すべきはエアリアの方だろう。

 もっと上手いやり方があったはずだ。自分の感情をアリザスに正面から叩きつけるのではなく、流すやり方もあったはずだ。エアリアは後ろめたさを抱きつつも、アリザスに連絡を取ろうとは思わなかった。くだらない自尊心がそれを許さなかったのだ。


「あの時、イリア様を助けて欲しいと君は泣いた。しかし、僕は無理だと言った。父の目を盗むことが難しくなっていたから。君と駆け落ちでも出来たら良いと思ったけど、君にはイリア様がいたし、僕のことを弟のようにしか見ていないことも分かっていたから」

「それは私もいけなかったんですよ。でも、もう今更いいじゃないですか」


 当時、エアリアは十五歳で、アリザスは十四歳だ。

 二人とも子供で、幼かったのだから、仕方ない。……だが。


「いや、良くない。駄目なんだ」


 アリザスは強い語調で反論した。元々大人びていたが、眉間に皺を寄せて真摯な顔をしていると、一層成長したように見える。


「エアリア。君も察しがついているだろうけど、僕は君に接近しすぎてたことがバレて、父が死ぬまで隣国のイルミアに留学していたんだ。それで益々実感したんだよ。あちらの王は聡い方だが、我が国サファライドの大公は何と頑迷な人なのかってさ」

「あの。アリザス……。私にはどうだって良いことですよ。それ」


 エアリアはすでに死んだ存在だ。

 そんな話を聞かされたところで、どうにも出来ない。ただ迷惑なだけだ。

 しかし、アリザスは一歩も譲らなかった。


「君は知らないだけだ。それがもったいないと思う。大公の現在の妃・パトリシアは最低な女だよ。国民の税金で贅沢三昧し、自分に都合の悪い臣下たちを片っ端に葬っている。大公はパトリシアの言いなりで、てんで駄目だ。鬱憤のたまった領民が抗議でもするようなら、全員捕縛して刑罰を与える。……今のシスの都は地獄なんだ」

「でも、今日ネイさんの話を聞いた限りでは、まだ大規模に叛乱は起きてないようです。たとえ起きたとしても、見渡す限りの農地のルピス領ならば、巻き込まれる危険も薄いでしょう? いっそ過去のサファライドのように内乱状態になった時に、独立でもしてしまえば良いのではないですか?」

「相変わらず、めちゃくちゃを言うな。でも、君がここで生きている限り、この地は大公にとって滅ぼしたくて仕方ない領地には違いない。父の存命中から色々嫌がらせを受けている。これから先、嫌がらせだけで済むかどうかは分からないな」


 それを言われると、辛い。やはり、エアリアのせいではないか。


「だから、私に死ねと言うのでしょう?」 

「僕に死ねと言わせたいのか? ひどいな。エアリア。君はいつだって自分のことを後回しにするけれど、君を手にかけたら、僕がどれほど後悔するか知らないんだ。たとえ、君にフラれたとしても、幼馴染を手にかけるほど、僕は落ちぶれたくはない」

「アリザス。貴方は嬉しいことを言ってくれますけど、ルピス領と私の命、どちらを取るかと問われた時、貴方はルピス領と答えなくてはならないんじゃないですか?」


(……あっ) 


 そんなふうに、とことん突き放してから、エアリアは後悔した。

 これでは、エアリアがアリザスを拒んで、喧嘩別れしたあの時と変わらない。

でも、言葉が出て来なかった。多分、エアリアはこう言いたいのだ。自分のために、無駄な犠牲を作ってくれるな……と。

 しかし、アリザスもこういうところは昔のままだった。


「君には、叛乱の旗印になってもらうつもりだ」


 強引に告げた。


「はっ? 何を?」

「僕は本気だ。もちろん、すべての算段は整ってる」 


 アリザスは昔から、どうも物事を大げさにとらえ、飛躍させすぎてしまって、まっとうな手順を踏まない傾向がある。


「馬鹿なことを言わないで下さい。そんな愚かな計画に誰が手を貸すんですか。貴方は私より年下なんですよ。こう言ってはなんですが、辺境の若い領主の言うことなど、誰も耳を貸さないでしょう?」

「その辺境の若い領主の言葉に、公国の半分程度の領主は同意しているんだ。僕は領主になってから、着々と準備してきた。今、ようやく決行する段階に入ったんだ。君が正式に名乗り出てくれれば、弾みもつくはずだ」

「私には大公の娘という証拠すらありません」

「当時の宰相や重臣たちが君の証は立ててくれる予定だ」

「上手く運ぶという、絶対的な保証はあるのですか?」

「そんなに具体性について知りたいのなら、他領からの書状や具体的な作戦内容についてお教えするよ。エアリア」

「そんな小細工が、あの父に通用するはずがないでしょう?」


 ――バレているのだ。

 だからこそ、父はエアリアだけではなく、アリザスにも刺客を放ってきたのだ。それが彼には分からないのだろうか……。


(私も大概鈍いけど。それにしたって……)


 まるで、熱にでも浮かされているようだ。


(……熱?)


 そういえば、心なしかアリザスの顔が赤いような気がする。


「アリザス?」


 ……一瞬、思考が停止して、エアリアはようやく思い至った。


「もしかして、熱があるんじゃないですか?」

「まさか。僕は何処も……」


 本人も自覚していなかったらしいが、エアリアには確信があった。


「貴方は剣で切られたのではないのですか?」


 アリザスの手当てをしたのは、オージスだった。

 掠り傷だったからと、油断をしていたが、万が一……?


「矢傷だったかな。、いきなり道で馬が射られて、馬車が使えなくなってね。オージスの家まで走っている途中で、ちょっと掠ったんだ」

「みっ、見せて下さい!」


 ……矢傷? 

 剣には、毒は仕込んでなかった。

 だから、オージスも従者も無事だった。……しかし、矢は分からない。

 通り沿いに矢なんて落ちていなかった。他に仲間がいて回収したのだろうか?

 血相変えて、エアリアが走り寄ったところで、アリザスががくりと膝をついた。


「あれ? どうして?」


 自分でも、自分の体がどうなっているのか分からないようだった。


「アリザス。貴方は……」

「遅効性の毒のようですね」

「なっ?」


 気が付くと、セイルが当然のようにエアリアの隣にいた。いつ目覚めたのだろうか?


「……セイル殿は、盗み聞きですか?」


 不法侵入に不法滞在に盗聴と……、この男はやっぱり迷惑千万だ。

 睨みつけてみたが、しかし、彼ならやりかねないという謎の安定感が心の底にあるからだろうか、怒るに怒れないのが不思議だった。


「たまたま貴方を捜してたら、出くわしただけです。ちょっと目のやり場に困りましたよ」

「目のやり場に困るようなことなんて?」

「気にしないで下さい。かまをかけてみただけです」


 淡々と言いながら、セイルが手早くアリザスの腕の包帯を外しにかかった。

傷口は赤黒く腫れあがっている。 


「至急、解毒剤を手配しなくては……」


 抜き差しならない現状に、セイルも息をのんだ。


「エアリア……。僕はいつも君に迷惑ばかりかけてる……な」


 すでにアリザスの息は上がり、顔は紅潮している。

 正直、大迷惑だった。

 何で今、こんなことになっているのか。エアリアはすべてを恨みたかった。


「……本当に。まったく、その通りですよ」


 今度はセイルではなく、アリザスを担いで寝台まで運ぶのか?


(もういい加減にして欲しい……)


 引っ叩いてやりたいのを我慢して、エアリアはアリザスの手を強く握った。

 掌には冷や汗が浮かんでいた。一刻の猶予もない。


「大丈夫……よ。アリザス……」


 昔のように、姉のように優しい口調で言うと、アリザスは安心したのか、簡単に意識を手放してしまった。


「アリザス?」


 抱き起こして揺さぶろうとしたら、セイルに止められた。


「駄目ですよ。余計に毒が回りますから」

「セイル殿。解毒剤なんて、ここにはありません」


 相手は最初からアリザスを殺す気で、矢を射かけてきたのだ。

 致死性の毒に決まっている。

 早急に対処しなければならないが、エアリアには対処の仕方が分からなかった。

 ――確実に、アリザスは死ぬ。

 こんな所で。あっけなく、簡単に。父の仕業か、パトリシアの仕業なのか。


「ともかく、この辺りの医者を片っ端から呼んで診察してもらうしかないですよね。セイル殿。貴方はアリザスを……」


 気力で何とか立ち上がったエアリアの腕を、セイルが強く掴んだ。


「……セイル殿?」

「どうして?」

「はっ?」


 怪訝に聞き返したエアリアに、しゃがんだままのセイルは、上目遣いを向けた。


「なぜ、彼を助けるんですか? 俺には理由が分かりません。ちょうど良いじゃないですか。アリザス殿がこの世から去れば、少なくとも貴方を利用する人間はいなくなる。死にたいなら、このまま住み続けても良いし、死にたくないなら逃げれば良い」

「セイル殿」

「人は死にたい時には死ねなくて、まだ死にたくないって思った時に死ぬそうです。昔、姉が言っていましたよ」

「物騒なことを言わないで下さいよ」

「そう? 貴方がそれを言うのですか。死にたいと……、消えたいと思いながら生きていたのは、貴方じゃないですか。どうせ人は死ぬんです。それが遅いか早いかの違いでしょう? 何をそんなに狼狽えているんですか?」

「怒っているのですか。セイル殿は?」

「まさか。怒ってなんかいませんよ。でも、俺は貴方にとって頼りない存在にしか思われていないかと思うと、嫌で仕様がないんです」

「はあっ?」

「貧血男は、頼りにならないと顔に書いてあるじゃないですか?」

「あの……。貴方は私に、何を言わせたいのですか?」

「リュファ……」


 セイルが咳払いをすると、木陰からひょいとリュファが飛び出してきた。

 二人してエアリアとアリザスの会話を盗み聞きしていたのだろうか?


「だから、悪かったって謝っているじゃないか? 別に、二人きりでいたって、幼馴染みだから良いと思ったんだ。決して、君を怒らせようと企んだわけじゃない」

「でも、面白がっていたのは事実でしょう? アリザス殿がここに来ることは分からずとも、刺客が放たれたことくらい、貴方がもう少し情報を掴んでいれば、事前に分かっていたはずです」

「はいはい。そうだね。私が悪かったよ。少しお遊びが過ぎて油断した。まさか、こんなことになるなんてね。今回は貸し借りなしだ。ラーナにも伝えておくから」


 二人でよく分からないやりとりを交わした後、リュファはエアリアの前までやって来て、跪いてアリザスの脈を取り、額に手を置いた。慣れているのが一層不気味だった。


「まったくアリザス殿も手抜かりだな。こういうところは、まだまだ子供なんだから」


 ぶつぶつとリュファが呟く。明らかに子供のリュファに言われたくない台詞だろう。


「発熱に呼吸困難に頻脈……と。ラーナに訊いてみようかね」

「ラーナ?」

「姉の名前です」 

「……セイル殿のお姉さん?」


 セイルは複雑な微笑を浮かべて、呟いた。


「……俺の姉は、イルミアの魔女なんです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=623042480&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ