創られた世界で
私は一人、ポツンと立っていた。
目の前にはアイボリーの壁にライトオレンジの屋根の一軒家。
庭はかなり広く作られている。
何処からか微かに、人々が織り成す喧騒が聞こえるので、どこかの街か村の一角なのだろう。
『私から貴女達に、素敵な世界をプレゼントするわ!』
女神を名乗る絶世の美女から、そう告げられたのはついさっきの事。
その彼女の話を要約するとこうだ。
"自分は乙女ゲームを見るのが好きだ。だから思う存分見れるよう、乙女ゲームのような美形の男性が複数いる世界を新たに作った。貴女達には自分に見合った生活をしながら、彼らを攻略して貰う。そう、乙女ゲームのように! 自分はその様子を見て楽しむ!"
そう言われ、私達は各自"自分に見合った設定"をつけられ、女神の言う"素敵な世界"に送り出された。
そう、私達、だ。
半透明の幕に阻まれ姿は見えないし声も聞こえなかったけれど、私の他にも何人かいたようだった。
けど、まあ、その事はいい。
まずは家の中を確認して、必要な物を買いに行かなければ。
私につけられた"設定"は、草売りの少女。
このかなり広い庭で、薬草やら毒消し草やらを育てて売る少女、らしい。
薬草や毒消し草という事は、きっとこの世界は騎士や魔法使いや冒険者や、魔物がいる、ファンタジー世界なんだろう。
★ ☆ ★ ☆ ★
……酷い。
あんまりだ。
私は床に両手をついて項垂れながら、自分の不運を嘆いていた。
この世界へ来たあの日、早速必要な物を買いに街へ出て、そのついでに薬草とか、所謂"草"が幾らで売られているのかを確認しに行った。
そして、私は値札を見て戦慄した。
薬草ーー8ゴールド 毒消し草ーー10ゴールド 体力草ーー12ゴールド 魔力草ーー12ゴールド 知力草ーー12ゴールド 素早さ草ーー12ゴールド 幸運草ーー12ゴールド 麗し草ーー12ゴールド
これを見て、私は即座に店員さんに尋ねた。
何をって、育てた草を売りに来た時の買い取り価格をだ。
店員さんは言った。
「こちらも利益を考えなければいけないので、買い取り価格は販売価格からだいたい2ゴールドくらい引いた額になります」
つまり、薬草なら6ゴールドという事だ。
ここで私は、さっき通った八百屋の店頭で売られていた人参らしき野菜の値札を思い出す。
人参1本ーー13ゴールド
……足りない。
草売りだけでは生活費が到底足りない!!
素早くそう結論づけた私はアルバイトを探した。
そしてとある店の窓に募集の貼り紙を見つけ、雇ってもらおうと店の扉を潜ると、次の瞬間、何故か私は自分の家の玄関にいた。
『貴女の設定は草売りの少女なの! アルバイト少女になるなんて許しません!』
そう辺りに響く、かの女神の声。
私はアルバイトを断念した。
翌日、一晩考えた末、アルバイトが駄目なら、せめて薬草をポーションにしてから売る事にした。
そうすれば少しは買い取り価格も高くなるはず、と、私は"ポーションの作り方"と書かれた本とそこに書かれた道具を買い、まずは試しにと市販の薬草でポーションを作った。
「や、やった! な、なんとかでき……た……?」
完成したポーションを手に歓声を上げたところで、何故か私の意識はブラックアウトした。
「もう! 貴女の設定は草売りの少女だと言っているでしょう!? ポーション売りなんて許しませんからね!?」
私はどこかの真っ白な空間にいて、腰に手を当て頬を膨らませた女神に会い、そう言われた。
次いで手にしていたポーションを取り上げられ、堪らず私は、買い取り価格が、食材の値段が、生活費が、と猛抗議した。
すると女神は困ったように眉を下げ、私が育てる草の品質が自然に上がるスキルと、鑑定のスキル、そして状態還元スキルをくれた。
これで買い取り価格も高くなるし、鑑定ができれば何かと助けになるし、状態還元ができれば種に戻り新たに購入しなくて済むから、と。
こうして私は素直に草を育てる事にして、今日、薬草をいくつか収穫した。
ドキドキしながら、ひとつ鑑定してみる。
そして項目の1ヵ所に注目し……項垂れたのであった。
"推定買い取り価格ーー8ゴールド"
女神様……2ゴールドしか、上がっていません……。
★ ☆ ★ ☆ ★
「うぅ、ひもじいよぅ……」
あれから。
庭を全て、端から端まで余すところなく種類ごとに草で埋めつくし、育つのを待っては収穫して数個残し全て売る、という作業を繰り返した。
その合間に近くの森へ行き、木の実やきのこを探し回り、川で魚を取る。
けれど、毎回木の実やきのこが見つかるわけではないし、魚もそう易々とは捕まってくれない。
しかも運悪く魔物に遭遇でもすれば、荷物になるそれらを捨てて全力で逃げなければならない。
最初に、全員平等に女神様から貰った一万ゴールドというお金は、最初の日に僅かな日用品とこの世界の服、そして草の種を買った為に、まもなく底をつきそうだ。
少しでもそれを先伸ばしにする為に、私は毎日毎日切り詰めて切り詰めて生活している。
なので当然、魔物対策に冒険者を護衛に雇うなどという事もできない。
「お、お腹すい、た……もう、駄目……」
森からの帰り道、何も手に入れられなかったショックと空腹で、ふらふらと街を歩いていた私は、ついに足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「お嬢さん!? どうしました、大丈夫ですか!?」
「ふぇ……?」
駆け寄る足音の後、斜め上から聞こえてきた声にノロノロと顔を上げると、短く切り揃えられた金茶の髪に、夜空のような紺の瞳が目に入る。
「どこか、具合でも悪いのですか? ならば医者の元へお連れ致しますが」
「! い、医者は、駄目……診察代、高くて払え、ない……」
「はい? ……いえ、この街の医者は良心的な価格設定で、診察代はたったの500ゴールドですから、決して払えないなどという事は」
「ひぃっ! どどど、毒消し草50個ぶんんん……!!」
「はっ? ……え、お、お嬢さん? お嬢さん!? しっかり……!!」
道端に半ば倒れ込んでいた私は、男性の言葉にトドメをさされ、泡を吹いて気絶した。
★ ☆ ★ ☆ ★
目を覚ますと、白い白衣姿の男性が私を覗き込んでいた。
「……気がついたか」
男性は一言そう言うと、眼鏡を指でくいっと押し上げる。
その奥にあるコバルトブルーの瞳が、スッと細められた。
や、やばい。
「以前から、私は君に、顔色があまり良くないからしっかり栄養を取るようにと、何度も、何度も、注意していたはずだな? ……だというのに、栄養失調で倒れるとは、どういう了見だ?」
「は、はい……ごめんなさい、先生」
私を冷たく見据え、厳しく問い詰める男性に、私は小さくなりながら、謝罪した。
この男性は、私が草の一部を売っている、この街のお医者さんだ。
クールで冷たい印象のイケメンだが、実は優しい。
私を心配して、しっかり食事をするようにと、会うたびにいつも言ってくれている。
「謝罪は言葉よりも、言われた事を実行する、その態度で示して欲しいものだな。私は、自分の体をかえりみないダイエットをするような愚か者は嫌いだ」
「えっ……!? い、いえ、先生、私はただ」
「言い訳はいい。気がついたのなら診察代を支払ってさっさと帰りなさい」
「うっ!!」
し、診察代……!!
……あああ、毒消し草50個分が消えていく……。
「あ、気がつかれたんですね、お嬢さん。良かった」
「へ……?」
私が泣く泣く診察代を支払って診療所の出入り口に向かうと、そこには、倒れる前に見た、金茶の髪の男性がいた。
男性は、街で見かける巡回の騎士様が着ている、騎士服を身につけていた。
★ ☆ ★ ☆ ★
騎士様は神様だった。
女神様とは比べ物にならないほど、私にとって神様だった。
あの日、私が倒れる直前に言った台詞が気になったからと、巡回を終えた後わざわざ診療所に戻ってきて、ちょうど出てきた私の話を聞いてくれた。
以降、何かと私を気にかけてくれている。
街の外へ見回りに行くときに私を誘い、森に寄って木の実などを探すのを手伝ってくれたり、気持ち程度に値段に色をつけて薬草類を買ってくれたり、わりと頻繁に食事に誘ってくれたり。
弱い者に優しい騎士道精神万歳、である。
私の収入事情はあまり変わってはいないけれど、騎士様のおかげで以前よりはしっかり食事できているからか顔色もいいようで、先生にも『最近はきちんと食べているようだな。偉い』と頭を撫でられ褒められた。
全て騎士様のおかげだ。
あ……そういえば、この間久しぶりに夢で女神様に会った。
女神様は何故か凄く楽しそうに
「貴女もやっとそれらしくなってきたじゃない~! で? で? どっちにするの?」
と言って、なんだか一人で盛り上がっていた。
あれは、何だったんだろう?
「ああ、お嬢さん、こんにちは。すみません、お待たせしてしまいましたでしょうか?」
「あっ、こんにちは! 今来たところですから、大丈夫です。それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
私は今日も、騎士様と二人で、森へ行く。