6
インターホンを鳴らして、数秒も立たずに彼女は出てきた。まだ、朝だからか眠たそうな表情で訪ねてきた。
「何か用事?」
「あぁ、大事な用事だ」
「まさか、こんな形で再開出来るとは」
目の前にいる、胡散臭そうな男。ニセ・モナールと言うそうだ。
モララーの知り合いなのか、教会の前に行くと、この男がニコニコと嬉しそうに出てきた。
教会の中はステンドグラスの窓が張り巡らせられていて、長椅子も相当な数がある。
普通の教会なら、十字架がある場所に大きなバツが置いてある。
あれが、〈人間〉の象徴なのだろうか。
目の前の男は、〈人間〉について、とことん語っている。
俺の呆れ顔に気付いたモララーが脇腹を肘でつついてくる。
いやいや、しぃもだから。
俺だけじゃないから。
「ーっと。あまり長くなっては申し訳ない。とりあえず、この辺りをウロウロしてて下さい。三時頃に来ていただければ会員証のような物を渡しますので」
教会の裏、青い芝生が綺麗に生え揃えられていて、回りは気に囲まれている。
しぃは、周りに人がいないことを確認すると口を開いた。
「私、〈人間〉嫌いなんだけど。あんな話聞いてると、耳が腐りそう」
腕を組んだまま口をへの字にして、不快を表している。
「俺だって嫌いだよ。好きにはなれねぇよ」
「まぁまぁ。僕だって嫌いだよ」
三人で口々に、〈人間〉に対する不満を吐き出した。
「だいたーむぐっ!?」
しぃが、喋っている最中にモララーが口を塞いだ。しぃは、理解していないが、周りに誰かがいる。ということだろう。
数分…いや、実際には数秒たったあと、木の影から出てきたのは、この晴れ下がりにとても不似合いな般若のお面を被った人物だった。
「「うわぁぁぁぁあぁあ!!」」
俺としぃは、声を合わせて地面にへたり込んだ。
お面を被った人はヒョコヒョコと歩いてくる。人なんだろうけど、怖い。
しぃなんかは、ガタガタと震えていた。
「…あの…すいません。驚かしちゃって」
まだ、若いような声の男だった。
俺としぃは、へたり込んだままお互いの顔を見合わせた。
「大丈夫ですか?」
そう言ってかがみこんできた。
大丈夫です。
はい。大丈夫ですから、お面やめてください。それに目を合わせるの怖いんですよ。意外と。
しぃは、モララーの腕を掴んで立ち上がった。
男は俺に手を差し出した。
「あ、の。僕、タカラ・ギコルスと言います。ここに居るってことは、新しい人間信仰者の方ですか?」
出された手を掴んで立ち上がり、タカラの顔をチラリと見た。
般若の顔に慣れるのは、時間がかかりそうだ。
「まぁ、そんなところです。僕はモラランダー・フォークス。あっちが、ギコ・ハニャーン。で、しぃ・テリーヌ」
「あぁ。よろしくお願いします」
俺としぃは、もはや何も言えない状況になっている。
タカラは、ペコリとお辞儀をすると立ち去った。
隣にいるしぃは、俺の事を思いっきり睨んでくる。
「あんた、意外に臆病なのね」
「っな!」
「まぁまぁ、ギコは臆病というよりちょっとだけ人見知りなんだよ。ね?」
モララーの目は面倒な事を起こすなと言っている。
確かにここで、俺としぃが喧嘩したりして、目立つような事があればこれからが、大変になる。
「…んまぁ。そんな感じだよ。おう」
しぃは、腑に落ちないような顔をしていたが、遠くからニセの姿が見えると表情を真剣なものに変えた。
「もう!探したんですよ。全然来ないから…」
「すいません。ちょっと、話し込んでて」
「まぁ、いいです。はい、これ」
ニセが、人数分配ったのは二つに折りたたんだカードだった。
中を開くと、赤でバツと大きく書かれていて、コピー機でコピーしても無理そうなものがついている。
「これをどうすればいいのよ?」
「あぁ。それは、教会に来る時に見せれば入れますから。その時に使ってください」
カードだなんて無くしそうな物を。
「くれぐれも」
ニセの声が重々しい声に変わり雰囲気が少し変わるとみんなの目線が集まった。
「カードをなくされないように。…私とウラーは、いつも教会にいるのでいつでも来て下さい」
いつの間にかニセの後ろにA耳系のモナー族が居た。
それには、しぃもモララーも気づかなかったらしく、目を大きく開いている。
「ん?あぁ。紹介が遅れましたね。彼らに挨拶を」
ニセの言葉から、十秒程度の空白があり、後ろのモナー族は、顔をあげた。
「ウラー・フェルムと言います。ウラーと」
そう言うと再び顔を下げ話しかけられるのを拒むようにも見えた。
「彼はちょっと無口なだけです」
「そうですか。では、僕らは用事があるので帰ります」
モララーがお辞儀をするのにつれ、俺らもしたくもない相手に頭を下げた。
教会を出て、人通りの少ない路地は塀が長く続き、木なんてものはどこにもない。先ほどまでいた、あの空間はまるで天国のように綺麗な場所だと、改めて痛感させられた。
しぃとモララーが、何やら話しているが俺には関係のない事だから、昨日の夕方の事を考えていた。
「禁忌に手を染めるためだよ」
「禁忌?」
「そう。ギコはこの国で行ってはならないことって知ってる?」
少し考えて見たがなかなか、思いつかない。
正直、何かを考えたりするのは性に合わない。
首を横に降るとモララーは、肩をすくめた。
「神殺し。通称〈人間殺し〉だよ」
「…神…殺し」
「そう。僕もギコも、〈人間〉嫌いでしょ?しかも、この国も〈人間〉を信じてたら必ず、滅ぶ。だったら、その前に…ね?」
俺の目を見て同意を求める。
真っ黒なモララーの目は何を考えているのか、全く読み取れない。
「上に立つ者が、いなくなっても滅びる。
それでは意味が無くなるから、上に立つ者にも話をつけたいんだ」
「上に立つ人って…?」
「人の中で唯一高い地位にいる、ネーノ・リカルドンって人に話をつけたいんだ」
聞きなれない名前だが、ちょっとばかし前にニュースでそんなのやっていた気がする。
「とりあえず、僕があそこに入りたいのは敵の下っ端の事を知っておきたいから、さ。どうかな?」
全く、冗談じゃねぇ。そのためだけに、ちょっとだけでも、〈人間〉を信仰するのかよ。
「〈人間〉様でも拝みますか!」
俺の威勢の良い声にモララーはクスクスと笑った。
「それぐらい、威勢が良いなら大丈夫そうだね」
あーぁ。
お見通しかよ。
ほんっと、嫌な奴。
「じゃあ、明日の朝しぃちゃんの家に行こうか」
「は?なんであいつも?」
「なんでって…しぃちゃんがいないとなんかあった時大変じゃないか」
先までよく読む奴だよなぁ。
「……?…ギコ?」
「あ?ーーーうぎゃっ!」
モララーの呼び声で現実に戻りかけた時、目の前にそびえ立つ塀に思いっきりぶつかった。
俺はあまりの痛さに顔を抑えて座り込んだ。
「ふ…ふふ。ちゃんと前見なさいよ…ほら、手どけて」
しぃは俺の手をどけ赤く腫れているだろう顔の三センチ手前ぐらいで、しいは右手を開いた。
顔が何か暖かいものに包まれたと思ったら、しぃは手をどけた。
「はい。オッケー」
「凄いね…初めて見るけど、凄さがよくわかるよ」
顔の痛みが引いたため、さっきのしぃの行動は魔法を使ったものと思われる。
「でも…万能じゃあないのよね。病気や、毒、精神系は治せないから」
「つまり、外部からつけられた傷なら治せる…のか」
しぃは、無言で頷いた。
外は気づかないうちに茜色に染まっていて、この住宅街では、夕食と思われる匂いが漂ってきた。
「お腹…すいたわね」
「だな」
俺は、お腹をさすった。
モララーはその姿を見て苦笑いしたが、早く帰ろうか、というとさっさと前を歩いて行ってしまった。
自由だよな。本当。
俺らの一メートル先ぐらいを歩いているモララーの事をしぃは、ずっと見ていた。