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「あー…もしもし?モナーさん?」
「あ?朝っぱらから、何のようだよ」
電話の声はとても、不機嫌そうな声だ。
朝っぱらと、いうが今の時間は九時をすぎている。
「いや、一昨日モナーさんが壊したドア直して欲しいんだけど…」
「あぁ?あー。ん。わかった。修理出来そうな奴やるよ。お礼の金とかいらねぇからな」
そういうと、ブチりと通話を終了させられた。相変わらず、自由奔放な人だ。
未だ隣で寝ているギコに目を移す。
布団を蹴飛ばしだらしない格好で寝ている。
僕は気晴らしに外に出ることにした。
しばらく歩いて行くと、人が賑わってる場所に出た。
周りには様々なお店が並んでいる。食べ物の匂いと、人の匂いで僕のあまり好きではない匂いになった。
「おい!フォックス様だぞ!」
「本当か!?行くぞ!」
近くにいた、若い男性二人が走って僕の横を通り過ぎる。
人間信仰者か…とか、思いながら歩いて行くと人だかりに、はまってしまった。
街の中心部、噴水が真ん中にあり、周りは木が何本もある。
男は噴水の前に立っていて、周りには何人か黒いスーツを着て、サングラスをしている人が居る。
その人だかりの真ん中には、茶色の髪でスーツを着ている男性ーー〈人間〉が居た。
「我々〈人間〉は、人の事が誰よりも大好きだ。俺は、こうやって護衛がそばにいないと外に歩けないが、いつかこの状況を打破しようと思っている。そのためには、人の力が必要なのだ!」
笑顔でくだらないことを堂々と述べているその姿は、まさしくバカだ。
人の事が好きと言っているわりには、僕ら人のために、何かをされた覚えがないんだよね。それに、国の全員が人間信仰者になる前に国は、滅ぶだろうし、なにより…
「おや?あなたも、人間信仰者の方ですか?」
僕の思考は、近くにいた男の人の声によってかき消された。
ラフな服装のモナー族…いや偽モナー族、かな?
偽モナー族というのは、モナー族の亜種みたいなものだ。
「えっと……」
「私は人間信仰者ですよ」
「驚きですね。じゃあ、僕とは息があわなそうだ。残念ながら、僕は反人間信仰者ですね」
殺されるのを、騒がれるのを覚悟で言って見た。
ここで、嘘をついたって〈人間〉の良い所なんて、語れやしないから。これが、得策だろうと考えた。
だけど、僕の予想と反して男は、目を大きく開くと楽しそうに笑った。
「はっはっはっ。そうですか。いや、すいませんね、笑って。私は正直な人、好きですよ」
「僕は、人間信仰者は、嫌いです」
僕は顔だけで、笑った。
どうやら、騒がれることは無いようだ。
そればっかりは、本当に助かる。
「あなた…名前はなんですか?」
目尻を抑えながら男は、言った。
周りはフォックスとやらが、いなくなってだいぶ静かになった。
「名前なんてどうでもいいですよ。僕は、そんなものにこだわらないので」
「あはっはっはっは!やっぱり、私はあなたが好きだ。名前を聞けないのは残念です」
男は身をひるがえして、歩いて行った。
二、三歩してから、振り返り僕に叫んだ。
「私は、ニセ・モナールです!機会があれば、ニセと読んで下さい!」
それだけ叫ぶと、また歩き始めた。
僕は歩き始めて噴水を横切り、他の通りに入った。
先ほどの男、ニセ・モナール。
どこかで、聞いたことがある…。
あの、名前…なんだったかな…。
「…い!おい!聞いてんのか!?」
後頭部の鈍い痛みと叫び声で思考から、現実に戻った。
いつの間にか路地裏にきていて、薄暗い。
目の前の男に襟を掴まれ、壁に頭をぶつけられたのだろう。
考え事してたとはいえ、襟を掴まれるなんてまだまだ、だなぁ。
「ってめぇ!聞いてんのかよ!」
「えーっと…何の用だっけ…」
「…今ここで、俺に殺されるか所持金全て俺に渡すか、どっちか選べ!」
そういうと、僕の額に銃を突きつけた。
まだ、少しだけ後頭部がジンジンと痛む。
「あぁ。思い出した」
「……やっぱり死ね!」
「彼は確かーー」
バァンッ!!
清々しい朝だ。
時間は、きっと昼をもう過ぎているだろう。
久しぶりに目覚めの良い日だが、天気はその気持ちと反対に、雨が降り始めそうな雰囲気だった。
「おーい。モララー?」
「はーい!」
目の前に顔を出してきたのは、いつもの見慣れた顔でなく、知らない人だった。
俺は驚きのあまりそいつを殴り、左腕に関節技を使った。
「いでででででで!!じんた!靭帯伸びる!ちょっ!」
俺は相手の声を無視して、力をこめた。
「せんばっ!仙波組!」
仙波組という言葉を聞いて俺は力を緩めた。
「なんだ…仙波組か……お前みたいな奴いたかな…」
「え!?ほら、あの一昨日他の組にやられた…」
「あぁ、あのしょぼい奴か」
「しょぼっ…」
俺の言葉に布団の上で静止した。
俺はキョロキョロと辺りを見回した。
薄汚い壁、畳まれてる一組の布団、テレビ、盗まれてるのはなさそうだな。
「えっと…名前何だったけ?」
「……エゴ・ウーニャです…」
あぁ、そういえば見たことあるな。
耳の先が黒くて、線のはいってる…。
エゴは、ブンブンと頭をふって気持ちを、切り替えようとしている。
「あー…っと…え…エビフライ。何で俺の家にいるんだ?」
「エビフライ!?エゴです…。いや、モララーさんに頼まれて、ドアを直しに来たんですよ…」
「おー。で、直ったのか?」
「はい!それは、もちろん!」
エゴはガッツポーズをつくった。
そういえば、モララーいないな。
俺は特に気に留めず、頭をかいた。
「じゃあ、エゴ。帰れ」
「率直すぎますよ」
俺は渋い顔をして、追い払う仕草をした。
エゴが、ウダウダ言っているとがチャリとドアの開く音がした。
「おい!エゴ!仕事終わったら帰れいったよなぁ!」
モナーが、今度は普通にドアを開けて家に入ってきた。
エゴは、全身の毛を逆立てて驚いている。
「く、組長!?あ、すいません!帰ります」
うーん。
こう見ると、やっぱり上の存在なんだな。
モナーは、俺の方をチラリと向くと親指をたてた。
いや、どう言う意味だよ。
そんなこんなしているうちに、二人は家から出て行った。
先ほどまで、人が居た空間に俺しかいなくなって、どこかさみしいような気分になった。
「……暇だ。モララー遅いな」
掛け布団に抱きつきうつらうつらと、夢と現実をさまよっていたが、このままだと本当に寝てしまいそうだったので、ホッペを両手でつねる。
「ただいまー」
「おひゃへりー(おかえりー)」
「うわっ。何してんの」
モララーが俺の顔を見て笑顔のまま、眉をひそめる。
モララーの洋服には、血が点々とついていて、誰かを殺したようなあとがついている。
汚れた服をバッと脱ぐと、新しい服に着替える。
「ねぇ。ギコ」
「…あ?」
妙に真剣そうな声に頭が冷えるような感覚がした。
「頼みがあるんだけど…」
そこまで、言うと言葉を止め、大きく息を吸った。
「人間信教に入らない?」
人間信教に入るとは、人間信仰者になるということだ。
「はぁ?」
俺は、モララーの言葉に間抜けた返事を返すしかなかった。
当たり前だ、俺らがなんで入らないといけないんだ。
「お願い!」
申し訳なさそうに両手を顔の前に合わせる。苦笑いをしながらこちらの様子を伺ってきた。
「……俺は人間が嫌いだ。それは、お前もだろ?なんでお前は、入ろうとするんだ」
このかえしを予想していたかのように、不敵な笑みを浮かべる。
なんでも、お見通しすぎて逆に怖く感じるよ。そんな事言ったら怒られるだろうけどな。
「禁忌に手を染めるためだよ」