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今回の出来事は、とても貴重な事で驚きの体験でしたので、ここに記録してみる事にしました。
私は、この村を出る計画を立てていました。しかし、家を出る時祖母にばれてしまっては、危険なので夜中に行こうと思っていましたが、いつもタイミング悪く村の誰かと出会ってしまうのです。
別にこの村が嫌いなわけでは、ありません。
どちらかというと、好きの方に部類されます。
しかし、この村の人たちはとても怖いのです。私が少しでも村を出ようものなら、誰かを監視役につけたり、誰かと共に行動をしたり、と。
まるで、この村から逃げ出すのを恐れているかのように思えました。
この村の中でも特に、祖母が一番恐ろしい存在でした。
祖母は、夜中になると毎日毎日、気が狂ったかのように笑うのです。
祖母は、何か見える時いつも、笑うのです。祖母いわく、他人の行動が予測されるのがとても面白い、との事を言っていたので、きっと夜中に何かが、見えるのでしょう。
とにかく、この村から出る計画を立てていると、ちょうどよく街から来たという二人がきました。
二人に交換条件を出し、この村から出ることが決まりました。
村の人は、街の人を恐れています。本当かどうかいまいちわからないのですが、ここは、差別される人が集まる場所らしいのです。
でも、そんなことは関係ありません。
この閉鎖された、つまらなく、恐ろしい村から出ることが出来るのなら、街で嫌われたって構いません。
始めて嗅ぐ血の匂いは、とても恐ろしかったです。
あまり、思い出したくないのですが、一つだけ…。
村の外では、生き物がとても簡単に死んでしまう事がわかりました。
「お疲れ様です。入っていいですよ」
少し、やつれた顔で無理矢理笑顔を作るこの少女の名前は、ノマ、という、名前でした。
寝室に近づくにつれ、血の匂いが強くなっていき、私は目眩を覚えました。
私の後ろで歩いているギコも流石に血の匂いに鼻を抑えていました。
寝室に入ると、布団に横なっている母親と思われる人が寝ていました。
母親の名前は、ノルン、というそうです。
そばには洗面器が、置いてありました。
「母は、一週間前突然倒れました。病院に行っても…何も出来ないっていわれて…」
「症状はどんな感じ?」
「…えっと…頭がクラクラして立てなくて、咳と共に血を吐くようになりました…。治りますか?」
私の顔を心配そうに上目遣いで見てきました。
私はノルンさんの今の状態をみると、確信しました。これは不治の病なんかじゃない、と。
近くに落ちていた紙とペンを勝手に拝借させていただき、今必要な薬草と、食べ物を書くとモララーとギコに押し付けました。
「この材料を急いで買ってきて!」
二人は顔を見合わせると、頷いて持っている紙をギコが奪うようにとりました。
「じゃあ、三十分以内に帰ってくるよ」
笑顔を保ったままのモララーが、ドアをしめて走って行きました。
「ノマちゃんは、タオルを三枚ぐらい持ってきて」
「は、はい!」
ドタドタと、古ぼけた床を踏み鳴らしてリビングまで走って向かいました。
改めて周りをみると、床にはノルンさんが吐いたであろう血の汚れがついていました。
カーテンがしまっていたが、微かに太陽の光が部屋と、私の顔を照らしだしました。
「…あの…私は…死ぬのですか?」
震えた声で私に話しかけたのは、ノルンさんでした。
「大丈夫です。薬草を混ぜた料理を食べたら、落ち着きますよ」
「…私はね…これ以上あの子を悲しませたくないんですよ。私が倒れてからあの子は外をうろつくようになりました。このご時世人を殺さないとやっていけない時代になってしまいましたが…あの子は…人を殺してなど…いないでしょうか…」
ケホケホと、空咳をしながらも、私に質問をしてきました。正直なところ、ノマちゃんとは、会ったばかりなので、よく分からないのですが、人は殺してないだろう。と勝手に予測してしまいました。
「きっと、殺してないですよ…きっと」
ノルンさんは、私の言葉にホッと息を吐くと安心したような笑顔を見せました。
「私は、この人生で一人だけ殺した事があります」
「…?」
「それは、私の夫であり、ノマの父で会った人物を殺しました」
「ーーは?」
それは、唐突な告白でした。
虚ろな瞳は、私の顔を捉えて離そうとはしませんでした。
「夫は、良い人でした。良い人だっから、この時代に疲れてしまったのです……ノマが、三歳の頃…そうですね…五年前ですね。夫が家に帰ってきてすぐに、”俺を殺してくれ”なんて言うんですよ…」
ノルンさんは、自嘲気味に笑うと目を閉じました。
その日の事を思い出すかのように。
「夫の服には幾つか、赤黒い飛沫がついていて、手は真っ赤に染まっていました。夫の過去は知りませんが…結婚してから、人を殺した事は、なかったはずです…。良い人だったので…きっと責任に押し潰されたのでしょう。私は、迷わず夫の首を締めました。私にとって生まれて初めての人殺しでした。夫は、それは、それは幸せそうに死んでいきました」
一通り話し終えると、大きく息を吸いました。後半は少し涙ぐんだ声になっていましたが、話すことができて良かった、というような顔をしていました。
ギィと部屋の扉が開く音がしました。
ノマちゃんが、目を伏せて唇を噛みながら入ってきました。
その姿は、誰が見ても先ほどの話を聞いてしまった、と言っているような顔でした。
「あ、えっと…」
ノマちゃんにかける言葉を悩んでいた時、ノルンさんは、のそりと起き上がりました。
「ノマ。あなたは、お母さんのようになってはダメよ。この国は、それを許すけれど、いつか…それが許されないことだってみんなに分かる日がくるから。あなたは、それをしないで」
ノルンさんは、そういうとまた、布団に潜りました。
「…お姉さん。タオル…持ってきましたよ」
「あ…あぁ、ありがとう」
ノマちゃんからタオルを受け取ると、タイミングよく、二人が帰ってきました。
「ただいまーっとな」
「はい、これ。頼まれたものだよ」
モララーから袋を受け取ると、頼まれたものがちゃんと入っていた。
私は台所に行き、また勝手に鍋を借りてお湯を沸かしました。
お湯が沸いたら、ご飯と薬草をいれて、薬草のおかゆをつくりました。とても、簡単な事ですが薬がわりになります。
作る合間にこのおかゆの作り方を紙に書き、シンクのそばに置いときました。
出来上がると私はお皿におかゆを移し、寝室まで向かいました。
「それ…おかゆですか?」
「そうだよ。でも薬草も入ってるからちょっと美味しくないかも…」
おかゆをノルンさんに、渡して食べてもらいました。
少し苦そうな顔をしましたが、全部食べてくれました。
「…ありがとうございます。ノマ。玄関まで送ってあげて」
「うん!」
短い廊下を渡るとあっという間に玄関につきました。
二人がさっさと、外に出てしまい私も急ぎました。
外に出ると、空は赤く夕暮れの時間になっていました。
「後は、あの薬草を毎日食べてれば、元気になるよ」
「ありがとうございます…本当に…。みなさんは、私や、母にとって正義のヒーローです!」
ノマちゃんは、目の淵に涙を浮かべながら言いました。
私たちが、家をでて角を曲がるまでずっと見ててくれました。
正義のヒーローだなんて、始めて言われたので私は、気分が良かったですが、二人はあまり腑に落ちないような顔をしていました。
「俺らがヒーローだってな…」
「まぁ、知らないんだしいいんじゃない?」
ギコはまた一つため息をつきました。
「あ、あのさ。交換条件…成立?」
誰も歩いていないのをいい事に私たちは、三列になって歩いていました。
「ん?あ…そうだね。アパートでいいなら、当てはあるよ」
モララーの言葉に私は笑みがこぼれました。
あの村に帰らなくていい。あの村から出てこれた。そんな気持ちが私を満たしました。
簡単な手続きを終え、二人の部屋の隣に住むことになりました。
家具もほとんどないので、布団と料理器具、食品を買ってから部屋に入りました。
ボロアパートのわりには、部屋の中は綺麗で、一人で住むのにちょうど良い広さでした。
部屋は、台所とお風呂、トイレ、リビングの三部屋だけですが、とても嬉しかったです
あぁ、もうじき夜が明けてしまいます。
書きたいことは、まだたくさんあるのですが、今日はこれでやめましょう。
早く寝てしまわないと、どこからか、笑い声が聞こえてきそうで。