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お世辞にも、綺麗とは言えない部屋。物がだいぶ乱雑していて、どこになにがあるのか、知らない人が見たら、全く分からないぐらいだ。
真っ暗闇で、カーテンもぴっちり閉まっているこの部屋の窓側にテレビが眩しいぐらい明るくモララーの顔を照らす。
この部屋の住人の一人、モララーはリビングの端に引かれてある布団の上からテレビを見ている。
画面の左上には、まだ四時五十分と書いてある。画面の中のキャスターは、今日の天気を延々と述べている。
「……早く起きすぎちゃったかな」
あくびを噛み殺しながら、呟く。
モララーの大きく、くりくりして真っ黒の瞳は、隣でヨダレを垂らして寝ているギコを捉える。
その顔はいつものようにおどけている顔では無く、無機質な物を見るような目だ。
もしかしすると、ただギコを見ているだけで、頭の中は何か他の事を考えているのかもしれない。
「んぁ?モララー…起きるの早いな」
俺が目を開けるとそこには、隣の布団の上でテレビを見ていた。
画面の左上には六時半と書いてある。
俺が声をかけるとくるりと、顔だけをこちらに向けてニコリと笑った。
「おはよう。起こしちゃったかな?」
「いや…大丈夫だ」
テレビの奥では、だいぶ明るくなった街の空を写している。明るくなった、というが厚い雲で空が覆われているため、太陽は顔を出してはいなかった。
寝起きで少し肌寒さを覚えた俺は、もう一度布団にくるまった。特に考える事も無く目をつぶっていたら、いつの間にか寝てしまっていた。
「…ギコ。お客さんきたけど」
「うわっ!!」
モララーの容赦ない布団剥ぎで目が覚めた。
大きめの窓からは、太陽の光がほんの少しだけ差し込んでいた。どうやら晴れたようだ。
二人で住むのには、少々狭いこの部屋の端っこに申し訳なさそうに、小さい女の子が立っていた。
子どもらしい、顔に少しだけ古ぼけたコートを着ている。
「あ?なんでこんな所に子どもが居るんだ?」
頭に思った言葉が、そのまま口に出てしまい、端にいる女の子の肩が少しだけビクリと跳ねた。
モララーは窓を開けて布団をさっさとたたみながら、状況を説明してくれた。
「どうやら、お母さんが不治の病なんだか、なんとかで倒れちゃって病院の人に手の施しようがないって言われちゃったらしいよ」
「…で、ここにきたのか?」
「…いや」
モララーがピシャリと窓を閉めると、いつもの笑顔を浮かべてこちらに振り向く。
「どうやら、途方にくれて路地裏を歩いてたのをモナーさんに拾われたみたい」
「はぁ…。そうかい…」
俺はあまりにもざっくりとした説明で、頭がついていかず、とりあえず納得したという返事をした。
「…あ、あの…さっき、言ってもらったのと…同じなんですが、母を助けて下さい。お医者さんも、みんな…助けられないって、言うんです」
今にも泣きそうな声で女の子は、話始めた。
「…お前、名前なんだ?」
「あ、えと…ノマ・ソホヴィーです」
「ふぅん。俺はギコ・ハニャーン。ギコでいい。あっちは、モラランダー・フォークス」
「僕もモララーでいいよ」
ノマは、おどおどしたようすで頷いた。
「とりあえず、親が病気だか、なんだかなんだろ?父親はいないのか?」
「…父は…私が幼い頃になくなりました」
俺の質問にノマは、目を伏せた。その行為が余計に体を小さく見せた。
特に悪いことを聞いたと、思うことはなかったが、ここまで生きてこれたのが凄いと思う。
「なぁ、モララー。なんとか出来ないのか?」
「不治の病を治すなんてそんな事出来るわけ…」
モララーは、一瞬考え込んだような顔を見せたが、パッと顔をあげてなにか、思いついたような表情を見せた。
俺は期待のあまり、尻尾がヒョロンと動いてしまった。
「いるいる。治せる人が、いるんだよ」
モララーは、無邪気な笑顔を見せた。
しかし、パッとノマの方を向くと、無邪気な笑顔から、冷笑に変わっていた。
「あるには、あるよ」
「じゃあ!」
「…でもね。僕たちだって、タダでやるのには、少しばかり話がよすぎる。それにそこへ行くのには、命の危険も伴うんだ。見ず知らずの僕たちが、タダでそこまですると思う?思わないよね」
モララーは、しゃがみ込みノマの視線に合わせながらまくし立てた。
ノマは、まだ子どもだからか、モララーの視線と言葉に怯えている。いや、大の大人でもモララーのあの表情には、多少の寒気を覚えるだろう。
「…お、金は…払えと言われるつもりで持ってきました。いくら、払えば…いいんですか…」
ノマは、手をキツく握り、言葉がうわずらないように途切れ途切れで、言葉を紡いだ。
「五十万ぐらいでいいよ。これでも安い方なんだけどね」
「ごじゅっ…!」
「おい、モララー。相手は子どもだ。大人じゃねえんだ。金ぐらい許してやれよ」
俺は流石に可哀想になってきたから、救いの手を差し伸べた。
モララーは俺の方を見て何やら考え込んでいたが、いいよ、と頷くと、ノマのそばで立ち上がり、引き戸のクローゼットを開けてなにやらゴソゴソと探していた。
「ありっ…ありがとうございます」
ペコリとノマが涙目でお辞儀するので、俺はなんとなくノマの頭を撫でた。
頭を撫でながらモララーの方見ると、なにやら楽しそうにクローゼットの中で何かを探している。いや、笑ってるのはいつもの事か。
「あったー」
モララーの声で、ノマがビクリと肩をはねらせる。モララーに対する恐怖心でも芽生えたのだろうか。
「ギコー!はいこれ」
「ちょっ!投げるな!ーー何これ」
モララーに投げ渡されたのは拳銃と、弾の入っている小さな箱だった。
唖然としている俺を尻目にモララーは、ホルスターを腰につけ、そこに二丁の拳銃を入れていく。
いつの間にか俺の足元にももうひとつの銃と、ホルスターが置いてあった。
「そう言うことかよ…」
俺が苦笑しながら呟くと気になったのか、ノマが、後ろから覗き込んできた。
特に驚く様子も無い事からこれが、何かは知らないんだと思う。
ホルスターを腰につけ、二丁の拳銃を入れた。ちょうど、ジャージの丈で隠れるぐらいだった。
モララーもパーカーの裾でギリギリ隠れていた。
「ノマちゃんは、家で待っててね」
「…ここで…ですか?」
「いやいや、お母さんのそばにいてあげるといいよ」
ノマに家までの地図を書いてもらい追い出すように家から出した。
「…ププ…ちゃ…ちゃんづけかよ…」
笑いを堪えながら言うとモララーは、苦笑いを向けた。
「初対面の相手に呼び捨てはどうかと思うよ…」
どうやら、初対面の相手には、ちゃんなど敬称をつけた方がいいらしい。
俺の様子に気付きモララーが慌ててまぁ、人それぞれだよ、とつけたした。
「て言うか…こんな武装してどこに行くんだよ」
「あ、知りたい?」
「当たり前だろ!」
「保護地域に行くんだよ」
慣れない言葉に俺は思わず聞き返していた。
「ーーは?保護地域?」
「うん」
そう言うとモララーは、古ぼけたあげく壊れかけたドアをギイッと押して、血なまぐさい外へと歩いて行った。