あら、殿下。陛下の堪忍袋の緒が切れましたわよ
息子の愚行に先に父親が動いた場合
愚かだ愚かだと思っていたわたくしの婚約者は、とうとうやらかした。
「ナスカ・マージン。お前との婚約を破棄する」
その発言を聞いてわたくしよりも先に、
「この馬鹿息子がぁぁぁぁぁ!!」
と陛下が若い時戦神と異名を付けられていた時の頃のような鮮やかな動きで自分の息子にラリアットをかましていた。
「息子の育て方を間違えたな……」
陛下が嘆くのは執務室。王太子専用の。
そこで働いているのは王太子の婚約者であるわたくしナスカと第二王子のジャイロ殿下。
「ジャイロ殿下は素晴らしい方ですよ」
「父上は僕の教育方針を間違えたとでも」
ほぼ同時に告げると、
「分かってて言っているだろう。二人とも」
と突っ込まれてしまった。
「育て方を間違えたのはモータスだ」
第一王子――王太子であり、わたくしの婚約者。
「育て方を間違えたというか。育てていませんでしょう」
「うっ!!」
「仕方ありません。結婚式の翌日に隣国が奇襲をかけて来たので兵を鼓舞するために戦場に向かって、あまりの戦況の酷さに前線で戦い続けて……それから5年。やっと戦争を終えて帰ってきた時には妃殿下が自分の子供を育てているとは思わなかったですからね」
「子育てが忙しいのでと妃殿下につれなくされて、落ち込んでいた時にたまたま近くにいた侍女に手を出して、責任を取って側室にして、それから半年後に子供が出来たと知った父上が子育て頑張ると張り切っていたので実質育てたのは僕だけですよ」
5歳年下であるジャイロ殿下は書類に目を通しながら告げつつ、しっかり内容も確認しているので不備のある書類を元の部署に返却するように部下に指示もしている。
ちなみに王太子の仕事である。
「………仕方ないだろう。子供が生まれたという連絡も来てなかったし、一回で出来るとも思っていなかったんだから」
それはいろいろ問題があるのではないかと思ったが、まあ戦時中だから連絡が滞ったのだろうと判断する。
「――で、何でいきなりそんな話を」
ジャイロ殿下の問い掛けに、
「影からの報告でな。モータスが自身の誕生日の式典で婚約破棄を宣言すると側近と打ち合わせしているとあったんだ」
「側近……」
そういう時に止めるのが側近の役目なのに放棄しているのか。
「婚約破棄……ああ、結婚までの火遊びだと言って男爵令嬢と行動していましたね」
「火遊びの時点でお止めしましたが、融通が利かないとか冷たい女だとかいろいろ言われましたね………そう言う言葉は公務をしっかりやってから言ってほしいものです」
まあ、それ以上言わなかったですが……。
「火遊びはまだいい。いや、よくないが……。公務をサボって、ジャイロやナスカ嬢に任せて放棄。そのうえ、本当に婚約破棄を決行すると思いたくないが…………」
眉間にしわを寄せ、心なしか白髪が目立つように見える。
「ナスカ嬢。余はマージン公爵家と王家の強い結びつきを築きたい」
「理解しています」
「だから、王家との婚約は破棄したくない。本来ならあのモータスがやらかすのを未然に防ぐべきだと思うが、まだあいつを見捨てたくない」
「育児放棄していた代償ですか」
「手厳しいな……ジャイロは」
「………」
「だが、その通りと言えるだろうな」
「陛下」
「――ことが起きたら一番被害を被るのはナスカ嬢ですよっ!! 父上はそんな非道なことを行えるのですね」
責めるジャイロ殿下に王でありながら子供がそこまで愚かではないと信じたい陛下の姿。
「――構いません。わたくしもこのままでは王子妃に相応しくないというありもしない汚名を被せられる負け犬になりたくありませんので、婚約をここで解消した方が傷が浅いと思いますが、わたくしの誇りが許しません」
婚約を円満に解消する方法もあるが、それを今更行っても男爵令嬢に負けたという汚名だけが残る。ならば、
「そんな愚かなことをするのなら、とことん愚かな行為をしてもらいましょう」
「…………………そんなことをするような息子ではないと言いたいが」
陛下の僅かな親心。
その甘さがあって、見逃されていたのだが…………。
「ナスカ・マージン。お前との婚約を破棄する」
わたくしが何かを言う前にささやかな親心。期待を裏切られた父親の動きの方が早かった。
勢いよくラリアットをかましたと思ったら、今度は卍固めをしている。
「お前ってやつは!! こんな愚かだと思わなかったぞ!!」
陛下の行動と怒りに王子の側で先ほどまで勝ち誇っていた顔をしていた男爵令嬢が泡を吹いて倒れる。
あっ、側近の保護者も次々と現れて、子供を殴るやら、蹴るやら……。えっ、宰相さま。その常に持っていた文鎮を鈍器にするんですか。
「さすが、戦神の忠臣……」
「文官も実力行使でしたね……」
驚きました。
「ち、父上……」
「ほう。まだ息があるとはな。ここで死んでいた方が幸せだっただろうに。――まあ、喜べ。お前の発言は許可してやろう。お前有責でな」
かなりご立腹の陛下を見ているとわたくしの誇りとか怒りとか霧散してしまう。いや、霧散してはいないけど、もうどうでもいいやという気分だ。
宰相が文鎮の次に取り出したのはモータス殿下のやらかした様々な証拠。文鎮よりも先に取り出すものではなかろうかと思ったが口にはしない。
「父上。兄の愚行を許せないのは分かりますが、その程度にしないと使いモノになりませんよ。――王族の地位をはく奪して、鉱山奴隷に送り込む手はずを整えますので」
「おお。流石、ジャイロだ。――ナスカ嬢。この愚息が悪かった。で、貴方が許してくれるなら新たに王太子にするジャイロと婚約を結び直してもらいたい」
ラリアットとか卍固めですっかり忘れてしまい掛けたが、モータス殿下がやらかした場合のわたくしの汚名返上に事前に打ち合わせ済みの内容を告げられる。
打ち合わせの時にはジャイロ殿下に下げ渡されるのはジャイロ殿下に悪いと伝えたら、ジャイロ殿下に跪いて愛をささやかれた。
うん。こちらが赤面するくらいの勢いで。
なので、返事は一つだけ。
「ジャイロ殿下がよろしいのなら」
「当然だ。――ずっと貴女に恋い焦がれていた。兄の婚約者だから諦めようと思っていましたが」
事前打ち合わせと同じ言葉で返されて、手を差し出されたのでその手を取る。
湧き上がる歓声。
拍手。
そこはすでにこの場が第一王子だったモータス殿下の誕生日の式典だということを忘れられて、本来の主役は罪人のように兵士に連れていかれている。
急遽、婚約式に発展した会場で盛り上がる中。
「わたくしに汚名を被せないつもりで陛下はいたのでしょうか……」
ラリアットとか卍固め。後、諸々の技のオンパレード。あれがあったからわたくしの婚約破棄の話はその後噂になることなく、陛下の老いても動ける様に感心の声が上がるだけだ。
ちなみに後日談。
モータス殿下はもしかしたら陛下のお子ではないかもという噂も一瞬あったが、きちんと陛下のお子だった。ただし、暴力を嫌い、陛下との結婚も渋々だった王妃はモータス殿下を陛下のような人材にしたくなかったので剣術とか武術に関して一切関わらせないでいたから全く似ていない雰囲気になったとか。
王妃の憧れていた舞台俳優のように育てたかった結果が、あのような愚行に走ったようだ。
「舞台の上をあんなに動いて、観客席の端までセリフを届ける時点でかなり鍛えているのに何を見ているんだろうな。あの妃は」
と陛下は呆れていた。
いいところを父親に奪われた第二王子




