ep.3運命の分岐点
この章では、ヴィータが“運命”という名の檻に抗います。
崩れゆく灯台の上で、彼が選んだのは決められた未来ではなく、たったひとりの少女でした。
その選択がどんな結末を呼ぶのか、物語は次の扉へ進みます。
少女が本を読んでいる父親をびっくりさせようとして、そっと背後から腕に飛びついた。庭から入り込んだ午後の光が、父親の肩にやわらかく落ちている。
少女は父親の腕にしがみついたまま、上目づかいでおねだりするように笑った。さっき食べたシュークリームの名残なのか、口元に白いクリームがほんの少しついている。
「お父さん、続きを読んで!」
「ははは。もう、おやつは食べ終わったのかい?」
「うん、とても美味しかったよ。お父さんの分もあるよ」
「ありがとう、あとでゆっくり食べるよ」
父親はさっきと同じように娘を抱えて膝に乗せると、胸ポケットからハンカチを取り出し、何でもないことのように口元をそっと拭いてやった。
「さて、さっきの続きからだと……」
「うーうん、あのね、ここからがいい!」
父親は娘が開いたページを静かに読み始めた。ロッキングチェアがゆっくり揺れ、午後3時を過ぎた柔らかな風がふたりの足元を撫でた。
ヴィータは、暗い闇に閉ざされた世界でポツンと立っていました。すぐそばには、シルクハットをかぶった真っ白なウサギが静かに座っています。
「可愛いウサギさん、こんにちは」
白いウサギはヴィータを見ることなく、ぴょんぴょんと歩いていきます。その足跡から小さな青い花が咲き、光を放ちながら道を作っていました。ヴィータは誘われるようにその花の道を辿っていきます。
しばらく進むと、見覚えのあるおもちゃ箱が見えてきました。
「あれは、ぼくのおもちゃ箱だ!」
銀髪の少女がそのおもちゃ箱を開けています。彼女の顔はなぜかぼけてしまって誰だかよく分かりません。少女はたくさんの玩具には見向きもせずに、大きな銀の鍵を取り出しました。それを見たヴィータは叫びます。
「返して! それはぼくのだ! 」
声に驚いた少女は、銀の鍵を持って走り出しました。
「待って! 鍵を返して! 」
少女は振り返りもせずに丘の上にある灯台へ入りました。ヴィータは必死に追いかけます。少女は灯台の長い長い螺旋階段を登っていきました。
その途中、銀の鍵が少女の指先からするっと滑り落ちてしまいました。
「あぁ、大事な鍵が!」
コツーンコツーンと階段を転がる鍵に向かって、少女は慌てて手を伸ばします。少女に追いついたヴィータは、鍵を拾おうとする彼女の手を取りました。すると、ぼやけていた彼女の顔がはっきりと見えるようになりました。
「君は……」
「放して! この鍵がないとーー」
「ルードベキア! ぼくだ、ヴィータだ」
「ヴィータ? ごめんなさい、あなたの顔がぼやけて良く見えないわ」
ヴィータは鍵を拾うと少女に渡しました。
「どうしてここにいるんだい? なぜ、あのおもちゃ箱が? 」
「ミミックの王『ハルデン』の力を借りて、獣王ガンドルと取引をしたの……」
「なんだって!? どうしてそんな危ないことを……。この鍵で、ぼくを生き返らせてくれればそれでよかったのにーー」
「このままだとだめなの。クイニーが……。ヴィータ、この灯台の頂上に、あなたの運命の人が待っているわ」
「運命の人? 何を言っているんだ」
「彼女なら人形の私よりも、あなたを素敵な未来へ導いてくれる。そのために、この鍵が必要なの」
「ぼくは君がいればいいんだ。ルードベキア、いっしょに帰ろう」
少女は首を横に振りました。灯台の下の方からガラガラと階段が崩れていく音が聞こえてきます。鍵を抱えた少女はヴィータの腕を引っ張りました。
「急がないと……、じきにここも崩れてしまうわ」
2人はすぐ後ろでどんどんと崩れていく音を聞きながら階段を登っていきます。もうすぐ灯台の頂上に着くという時に、ヴィータの足元が崩れてしまいました。暗い穴の底へ、ヴィータが落ちていきます。
少女は手首のつなぎ目から右手を外し、暗い穴へ向かって投げました。白い陶器の手は落下するヴィータに追いつくと、ふわりと大きく広がって彼の身体を優しく受け止めました。
ほっと胸を撫で下ろした少女は銀の鍵を掲げて叫びます。
「光の王女様、お言いつけの通りに銀の鍵を届けにきました。ヴィータとクイニーを、助けてください! 」
「よくやった。りっぱに役目を果たしたことを褒めてつかわそう」
光の王女は銀の鍵を受け取ると、人形の大きな手のひらに乗ったヴィータの元へ降りて行きました。
「ヴィータ、あなたの運命である私の手を取り、私を愛して下さい」
「違う! 君は僕の運命なんかじゃない! 僕が愛しているのはルードベキアだ! 」
「私はあなたが生まれた時に決められた伴侶であり、未来なのですよ? ーーそれに彼女は人間ではありません。私とあなたを会わせるためだけの存在……ただの人形です」
「人形? そんなの関係ない! 」
光の王女はにっこりと微笑み、ヴィータの頬を両手で包みます。
「あんな人形のどこがいいのだ? ……魔王の娘であるこの私を選ばないなんて、許さないわ。記憶を消して地底にある王宮に連れて行ってやる! 」
ヴィータの頭に恐ろしい形相をした光の王女の爪が食い込んでいきます。その様子を塔の上から見ていた少女が右手を揺り動かしました。
「きゃああ! なんだこの揺れは! 」
光の王女が尻もちをついていたのを見たヴィータは、すかさず彼女の腰にぶらさがっている銀の鍵を奪おうとして飛び掛かります。人形の大きな手がグラグラと揺れる中、銀の鍵は2人の手の間を行ったり来たりしました。
ごろごろともつれ合っていると、光の王女の胸元から、ころりと赤黒いクリスタルが転げ落ちました。光の王女がそれを拾おうと身を乗り出した瞬間、ヴィータの手に銀の鍵が収まりました。ヴィータは迷うことなく、大きな銀の鍵を両手で力強く掲げて叫びます。
「銀の鍵よ! オーディンの人形を人間にしておくれ! 」




