表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴィータが願う世界線~神ノ箱庭(外伝)~  作者: SouForest


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/3

ep.2人形の心

 春の光が庭にやわらかく差し込み、風がページをそっと揺らした。父親は指を挟んだままの本を見つめ、紙の匂いに混じる昔の記憶にしばらく意識を預けていた。その静けさの中で、ドアの開く音が響き、彼はそっと顔を上げた。


「シュークリームを作ったんだけど、おやつにしない? 」

「お母さんだ! わたしシュークリーム大好きっ」


「じゃあ、手を洗いましょうね」

「はぁいっ」


 父親の膝から降りた少女は元気よく返事をすると、母親の横をすり抜けて家の中へ滑り込んだ。残された母親はロッキングチェアに座る夫へ視線を向け、優しくほほえんだ。父親は静かにページを見つめ、やがて口を開いた。


「私は後でいいよ。この本の続きを読みたいんだ」

「その本、懐かしい……」


「そうだね、これにはたくさんの思い出が……詰まってる」

「ええ……みんな元気かしら」


「お母さん、手を洗ったよー! シュークリームはぁ? 」


 娘に呼ばれた母親は軽く返事をして家の中へ入っていった。父親はその様子にクスクスと笑い、ブランコが下がる樹木の葉擦れに耳を澄ます。ーー静かに時間が流れる中、彼は視線を本へ戻しページをめくった。




「人形に名前をつけておあげよ」


 大事そうに人形を抱えていたクイニーは、目をぱちくりさせて兄のヴィータを見つめます。


 クイニーはずっと前から、どんな名前がいいのか考えていました。たくさんの候補の中から、いちばん気に入っている“ルードベキア”という名前を選び、人形にそっと教えます。


「ルードベキア。もし困ったことが起きたら、この耳飾りを空に投げるのよ。そうしたら、お姉ちゃんが助けにいくわ」


 人形は嬉しそうな顔で、クイニーの腕の中におさまりました。



 ある日、ヴィータはいつものように怪物退治に出かけました。いつものように笛を吹いて怪物を倒しています。すると、獣のようなごつごつした長い毛が腕に生えてきました。驚いたヴィータは、その腕を黒いマントの中に隠しました。


 ある日、ヴィータはいつものように怪物退治に出かけました。いつものように笛を吹いて怪物を倒しています。すると、獣のようなごつごつした長い毛が腕に生えてきました。驚いたヴィータは、その腕を黒いマントの中に隠しました。

 急いで家に帰ったヴィータは、小さな椅子に座っている人形の前に座ります。獣のような手を彼女に見せて、悲しそうな顔をしました。


「ルードベキア、僕が怪物になってしまったら殺してほしい」


 そう言うと、ヴィータは彼女の白磁の右手を握って笛を吹きました。魔法をかけられた手はピカピカと光っています。


「ぼくの命はルードベキアの手に宿るから大丈夫だよ」


 ヴィータは白いドレス姿のルードベキアを抱きかかえ、獣王ガンドルのおもちゃ箱から銀色の鍵を取り出しました。


「この鍵を使えばぼくは甦る。ここにあることを覚えていてね」


 ルードベキアは静かに頷きます。ヴィータは優しく微笑むと、桃色に染まった彼女の頬を両手でそっと包み込みました。



 街から帰ってきたクイニーは、キノコ採りに行こうとヴィータを誘いました。薪売りのジェーソンさんにいい場所を教えてもらったのだと、嬉しそうに話します。ヴィータはマントの中に人形を隠し、クイニーといっしょに森へ出かけました。


 キノコを見つけたクイニーが嬉しそうに森の奥へ走っていくと、大きな怪物がクイニーの前に飛び出しました。大きな1つ目にぎょろりと睨まれたクイニーは、ぶるぶると震えます。


「お兄ちゃん助けて!」


 ヴィータは怪物を退治するために魔法の笛を吹きました。すると、腕だけではなく、ヴィータの全身から獣のような毛がどんどん生えてきます。腕に続いて肩や胸元にも黒い毛が広がり、足元まで覆い始めました。ヴィータは自分の腕や胸に触れ、震える声を漏らします。


「あぁ……どうしよう。クイニー逃げるんだ! 」


 怪物のような姿になったヴィータは苦しそうにうずくまっています。森中にクイニーの悲鳴が響き渡りました。


「お兄ちゃんが……怪物になっちゃった! 誰か助けて! 」


 毛むくじゃらのヴィータはすくっと立ち上がり、空に向かって大きく吠えました。胸の奥から湧き上がる空腹感に、瞳は獲物を探すような色に変わっていきます。そして、1つ目の怪物に飛びかかると、鋭い爪で一瞬のうちに引き裂いてしまいました。その勢いのまま、ヴィータはクイニーへと向き直り、同じように手を伸ばそうとします。


「助けて! 誰か助けて!」


 泣き叫ぶクイニーの足元に、ヴィータのマントから人形が転がり落ちました。人形はすくっと立ち上がり、クイニーを守るように怪物になったヴィータの前に立ちはだかります。


 彼女は軽く跳び上がると、ヴィータの胸元へまっすぐ右手を突き入れました。小さな手が脈打つ心臓をしっかりと掴みます。毛むくじゃらの体がびくりと震え……命の鼓動が止まりました。


 ーーその瞬間、ヴィータは元の人間の姿に戻り、静かに血を流しながら消えていきました。


 クイニーは石を投げながら大声で泣いています。


「お兄ちゃんを殺してしまうなんて、ひどいわ! お兄ちゃんを返して! ……人形に心なんてあるからいけないのよ」


 クイニーは人形の胸を開けて、ハート形の銀の小箱を抜き取り、森へ投げ捨てました。


「もう、あなたとは姉妹じゃないわ! 」


 クイニーは人形の耳からサファイアの耳飾りを、ちぎるように乱暴に外し、人形をそのまま置いて家へ帰ってしまいます。泣き叫ぶこともできない人形は、やがて泥にまみれていきました。


 その人形を、ある日、小さな怪物が見つけます。小さな怪物はその人形を嬉しそうに拾い上げると、大事そうに黄金の宝箱へ入れましたーー。


挿絵(By みてみん)



この章には、書いていて胸が痛くなる場面がいくつもありました。

とくに、ヴィータが怪物になりそうになって、ルードベキアに「自分を殺してほしい」と頼む場面は、最初に構想したときよりもずっと重く感じられました。

そして、クイニーに捨てられてしまうルードベキアの姿を書いているときは、気づけば涙が出ていました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ