第4話 毒見役の公爵様
朝の日差しを受けてモニカはゆっくりと目を開いた。
昨日の出来事がまるで嘘のように穏やかな朝である。
「寝すぎかしら」
そう思いつつベッドから起き上がって支度をしていると、扉がノックされた。
「はい」
「侍女のミレイでございます。奥様、お目覚めでしょうか?」
「ええ、もう起きています。入っても大丈夫です」
モニカの許可を得て部屋に入ってきた彼女は、金色の髪を一つに結っている女性。
昨日の夜にオリヴェルに紹介されたモニカ専属侍女となった人物だ。
彼女はモニカの髪を梳きながら、話しかける。
「昨晩はよく眠れましたか?」
「はい、とても」
「それはよかったです。女優さんとしてのお仕事でお忙しかったでしょうから」
そう言われて彼女はじっと考え込んだ。
(確かにここのところ全然眠れていなかったわ……)
演劇の稽古で忙しいのに加え、彼女自身真面目な性格ゆえ、家で歌や踊りの自主的な練習もおこなっていた。
劇の中には歌を挟むミュージカルなどもあり、演劇といっても多種多様。
モニカはそのどれもをこなしており、世間から「天才女優」と言われていたが、実は彼女自身の努力で手に入れたものだった。
「演劇から離れる日が来るとは思っていませんでした」
「旦那様もお嬢様も、そしてここの使用人たちは皆あなた様に害を加えるつもりはありません。旦那様も奥様になったからにはこのお屋敷でゆっくりとしてほしい、という想いがあるのだと思います」
「ゆっくりと……」
ここに来るまではモニカの気持ちは沈み、自分の人生は終わったとさえ思った。
しかし、蓋を開けてみればオリヴェルのただ一人の妻として迎えられている。
この屋敷の人々に触れてモニカの心が少し和らいでいっていた。
(私は温かい生活をしていいのでしょうか……)
そんな一抹の不安を抱えながら、朝食の席へと向かった。
「おはようございます」
「おはよう」
モニカが朝食の席に向かうとすでにそこにはオリヴェルがいた。
席に着くと食事が順番に運ばれてくる。
(あ……私の好きなスープ……)
彼女はミネストローネが大好きで自分で作るほどだった。
しかし、そのことはこの屋敷で口にしていない。
「私、ミネストローネ好きなんです」
「そ、そうか。それはよかった」
そうして明らかに目が泳いでいる。
(旦那様の様子がおかしい……もしかして、毒が入っているんじゃ……)
どうしてもよぎってしまう彼の人殺しの噂。
人を信じたいという気持ちと恐怖の狭間で揺れ動いてしまう。
「では、いただこうか」
「は、はい……」
(旦那様からの視線を感じる……)
モニカの手がわずかに震えているのに気づくと、オリヴェルはスプーンを彼女の器に近づける。
「モニカ、よかったら毒見をしよう」
「え……」
そう言って彼女の許可を取ると彼はモニカのスープを一口飲んだ。
ごくんと飲み干した後、真っすぐにモニカを見つめて告げる。
「毒は入っていない。これで信じてもらえるかな?」
「旦那様……」
毒見役は身分の低いものがおこなうことで公爵である彼がすることはまずない。
それを自ら買って出て妻の不安を拭い去るために行動したのだ。
あまりにも純粋で真っ直ぐな瞳を向ける彼に、モニカは言葉を失う。
(私はこんな真っ直ぐな目を向ける人が毒を入れるなんて思えない……)
そう自分の心を信じると、オリヴェルに頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
「え……」
「旦那様を疑ってしまいました。でも、あなた様と直接接して毒を盛ったり人を殺したりするような方ではないと思えました。信じさせていただいても、いいでしょうか……?」
恐る恐るそう口にした彼女に、オリヴェルは頷いた。
「ああ、誓うよ。君を傷つけない。絶対に。だから、ゆっくりでいいからここでゆっくり過ごしてほしい」
「はい、旦那様。ありがとうございます」
そんな二人の会話をキッチンのほうからリリィと使用人たちは「あれ、お兄様が朝からモニカ様の好きなものを仕込んでたのよね」と言いながら見守っていた。




