第6章「真相への糸口」
屋上から下りた三人は、まず安全な場所を確保する必要があった。キャンパス内は依然として混乱が続いており、洗脳された学生たちがうろついている。
「図書館に避難しましょう」
茉莉の提案で、三人は図書館に向かった。幸い、図書館は騒動の中心から離れていて、比較的静かだった。
奥の閲覧室に隠れて、莉花は状況を整理した。
「まず確認ですが、あの白衣の人物は茉莉さんの『影』。つまり、茉莉さんの心の負の部分が実体化したもの」
「はい…信じられませんが、確かに私にそっくりでした」
茉莉は自分の手を見つめた。
「私の中に、あんな冷たい部分があったなんて」
「誰にでもあることですよ」
愛先輩が慰めた。
「大事なのは、それを認めて乗り越えることです」
莉花は頷いた。
「そうです。今は自分を責めるより、解決策を考えましょう」
茉莉がバッグからレシピノートを取り出した。
「これが元凶です。でも、どうやって『影』から取り上げればいいのか」
莉花はノートを見た。確かに最後のページが破り取られているが、それ以外にも妙な点がある。
「茉莉さん、このページ、字が薄くなってませんか?」
茉莉が確認すると、確かに何ページかの文字が薄くなっている。
「これは…」
「もしかして、『影』がノートの内容をコピーしてるんじゃないですか?」
愛先輩の推測に、茉莉は青ざめた。
「そんなことが可能なんでしょうか?」
「茉莉花さんが言ってた通りなら、このノートは普通の本じゃありません。超常現象が起こっても不思議じゃない」
その時、莉花の視界に小さな歪みが現れた。図書館の本棚の向こうに、ゆらゆらとした空間の歪み。
「また歪みが…」
莉花が歪みを覗くと、別の世界の図書館が見えた。しかし、その図書館は荒れ果てていて、本が散乱し、天井の一部が崩落している。
「向こうの世界では、もっとひどいことになってるみたいです」
「もっとひどいって?」
「建物が破壊されてます。物理的な被害が出てる」
茉莉と愛先輩は震え上がった。
「このままだと、私たちの世界もそうなるってことですか?」
「可能性はありますね」
莉花は冷静に答えた。
「だから、早く行動を起こさないといけません」
その時、図書館の入り口から騒がしい声が聞こえてきた。洗脳された学生たちが、三人を探しているようだった。
「見つけた!あそこにいる!」 「トニックを邪魔した奴らだ!」
学生たちが図書館に押し寄せてくる。三人は奥の非常口から脱出した。
しかし、外に出ても状況は変わらない。キャンパス全体が戦場のような状態になっていた。
「これじゃあ、白衣の人物に近づくことすらできません」
愛先輩が困り果てた。
「だったら、向こうから来てもらいましょう」
莉花は決断した。
「どういうことですか?」
「私が囮になります。『影』の注意を引いて、茉莉さんたちがノートを取り戻すチャンスを作る」
「危険すぎます!」
茉莉が反対した。
「あの『影』は私の悪い部分です。きっと残酷で狡猾なはず」
「だからこそ、私がやるんです」
莉花の目に強い決意が宿っていた。
「茉莉さんの優しさでは、『影』に対抗できません。でも私の行動力なら、何とかなるかもしれない」
愛先輩も心配そうだったが、最終的に莉花の案に同意した。
「分かった。でも無茶はしないで」
「約束します」
莉花は三人で作戦を確認した。莉花が広場に現れて『影』の注意を引く。その隙に茉莉と愛先輩が回り込んで、ノートを奪取する。
「それじゃあ、行きましょう」
三人は別れて行動を開始した。
莉花は一人で広場に向かった。その途中、また歪みが現れた。今度は歪みの向こうから、茉莉花の声が聞こえてくる。
「莉花、気をつけて。『影』はあなたを罠にかけようとしてる」
「罠?」
「そう。『影』の真の目的は、あなたの能力を奪うこと。あなたが持つ世界をつなぐ力を狙ってる」
莉花は立ち止まった。
「世界をつなぐ力?」
「あなたが見てる歪み、感じてる身体能力の向上。それは三つの世界を統合するための力よ。とても貴重で強力な能力」
「私にそんな力が?」
「そう。だから『影』はあなたを利用しようとしてる。気をつけて」
歪みが消える前に、茉莉花がもう一つ重要なことを伝えてきた。
「莉花、もし危険になったら、自分の信念を思い出して。正義感と仲間への愛。それがあなたの最大の武器よ」
歪みが消失した後、莉花は深呼吸した。茉莉花の警告は心に留めておくが、作戦を変更するつもりはない。仲間を救い、世界を守るためには、リスクを取る必要がある。
広場に到着すると、『影』の茉莉はまだトニックの配布を続けていた。しかし、学生の数は減っている。おそらく副作用で倒れた人が多いのだろう。
莉花は堂々と広場の中央に歩いて行った。
「そこまでよ!」
莉花の声は広場全体に響いた。『影』の茉莉は顔を上げ、莉花を見つめた。
「あら、来てくれたのね。待ってたのよ、莉花」
『影』の声は茉莉と同じだったが、その口調は冷たく、計算高い響きがあった。
「あなたの目的は何?なぜこんなことを?」
「目的?」
『影』は笑った。
「決まってるでしょう。人々を幸せにすることよ。私のトニックを飲めば、みんな思い通りの人生を送れる」
「これが幸せに見える?」
莉花は倒れている学生たちを指差した。
「みんな苦しんでる。これは幸せじゃない」
「甘いわね、莉花」
『影』は莉花に近づいてきた。
「人間は弱い生き物よ。自分で幸せになることができない。だから私が手助けしてあげるの」
「それは支配よ。愛じゃない」
莉花は一歩も引かなかった。
「人間には自分で選択する権利がある。あなたにその権利を奪う資格はない」
『影』の表情が変わった。今度は怒りの色が浮かんでいる。
「きれいごとね。でも現実を見なさい。みんな私のトニックを求めてる。私を必要としてる」
「それは依存よ。本当の愛情じゃない」
莉花の言葉に、『影』は激しく反応した。
「黙りなさい!あなたに何が分かるって言うの!」
『影』が手を振ると、周りの学生たちが一斉に莉花に向かってきた。しかし、莉花の身体能力は『影』の予想を上回っていた。
流水のような動きで学生たちを避け、誰も傷つけることなく彼らを無力化していく。その動きは美しく、まるでダンスのようだった。
「すごい能力ね。でも、その力、私にも必要なの」
『影』が何かを取り出した。小さな瓶に入った、今まで見たことのない色のトニック。真っ黒な液体が不気味に光っている。
「これは特別製。あなたの力を私に移すためのトニック」
『影』が瓶を莉花に向けて投げた。瓶が割れて、黒い液体が飛び散る。
しかし、莉花には当たらなかった。間一髪のところで、茉莉と愛先輩が現れて莉花を守ったのだ。
「茉莉さん!愛先輩!」
「ノートは回収しました!」
茉莉がレシピノートを掲げた。しかし、『影』は慌てた様子がない。
「もう遅いわよ。私はすべてのレシピを記憶した。ノートなんてもう必要ない」
『影』が再び笑った。
「それに、私の本当の目的は別にあるの」
その時、莉花の周りに大きな歪みが複数現れた。そして歪みの向こうから、別の世界の光景が見えた。
それは恐ろしい光景だった。建物が崩壊し、空が歪み、人々が混乱している。まるで世界の終わりのような状況だった。
「これが私の真の目的よ。三つの世界を混ぜ合わせて、新しい世界を作る。そこで私が女王になるの」
『影』の宣言に、三人は震え上がった。事態は個人レベルの問題をはるかに超えていた。
三つの世界の存亡をかけた戦いが、今始まろうとしていた。




