第12章「新たな始まり」
『つながりの会』発足から三ヶ月が経った。
秋の深まりとともに、五人の活動は着実に成果を上げていた。当初は大学内だけだった活動範囲が、徐々に地域全体に広がっていった。
莉花は相変わらずカフェでアルバイトをしていたが、今では週末に『つながりの会』の相談会を開催している。カフェの一角を借りて、気軽に相談できる場を提供していた。
「莉花さん、お疲れさまです」
相談会を終えた後、常連客の佐藤さんが声をかけてきた。茉莉花トニック騒動の時に最初に話しかけてきた人だった。
「佐藤さん、今日はどうでしたか?」
「いやあ、若い人たちが真剣に社会のことを考えてるのを見ると、頼もしいね」
佐藤さんの表情は明るい。トニック騒動の時の異常な興奮状態とは打って変わって、自然な笑顔を見せている。
「あの時は、迷惑をかけてしまって申し訳なかった」
「いえいえ、佐藤さんは悪くありません」
莉花は首を振った。
「でも、あの経験があったからこそ、今の活動があるんです。ある意味、感謝してるんですよ」
佐藤さんは驚いた表情を見せた。
「そんな風に考えてくれるなんて。君たちは本当に素晴らしい」
そのやり取りを聞いていた愛先輩が、微笑ましそうに見ていた。
「莉花、本当に成長したわね」
「愛先輩のおかげです」
莉花は感謝の気持ちを込めて答えた。
「あの時、一人だったら絶対に乗り越えられませんでした」
その夜、五人は久しぶりに花想庵を訪れた。店主は相変わらず温和な笑顔で迎えてくれた。
「皆さんの活動、とても順調のようですね」
「おかげさまで」
茉莉花が答えた。
「でも、まだまだ学ぶことがたくさんあります」
「それでいいのです」
店主は頷いた。
「完璧である必要はありません。大切なのは、常に成長し続けることです」
店主の言葉に、五人は深く頷いた。完璧主義から脱却し、仲間と共に成長することの大切さを、身をもって体験していたからだ。
「そういえば、皆さんに報告があります」
店主が奥から一通の手紙を持ってきた。
「他の地域からも、支援の依頼が来ています」
「他の地域から?」
莉花が驚いた。
「はい。皆さんの活動が評判になって、同じような問題を抱えている地域から、助けを求められています」
手紙には、確かに他の都市の住所と、心のこもった支援要請の文章が記されていた。
「私たちに、そんなことができるんでしょうか?」
茉莉Aが不安そうに言った。
「大丈夫です」
莉花が力強く答えた。
「一人では無理でも、みんなでなら何でもできる。それを学んだじゃないですか」
三人の茉莉と愛先輩も頷いた。
「そうですね。挑戦してみましょう」
茉莉Bが決意を込めて言った。
「ただし、無理はしない。私たちのペースで」
「もちろんです」
茉莉花も同意した。
「急ぐ必要はありません。一つ一つ、丁寧に取り組みましょう」
店主は満足そうに微笑んだ。
「皆さんなら、きっと素晴らしい成果を上げられるでしょう」
その後、五人は具体的な計画を立て始めた。他の地域への支援活動をどのように展開するか、現在の活動とのバランスをどう取るか。話し合いは深夜まで続いた。
翌朝、莉花は一人で大学の屋上に立っていた。眼下に広がる街並みは、三つの世界が統合された美しい光景だった。
あの混乱の日々から、まだ数ヶ月しか経っていない。しかし、自分も街も、大きく変わった。
「莉花」
背後から声をかけられて振り返ると、三人の茉莉が立っていた。
「みんな、どうしたんですか?」
「あなたがここにいると思って」
茉莉花が微笑んだ。
「何か考え事?」
「はい」
莉花は素直に答えた。
「これからのことを考えてました。私たちの活動が、本当に人々の役に立っているのかな、って」
「役に立ってますよ」
茉莉Aが断言した。
「相談に来てくれる人たちの表情を見れば分かります」
「そうですね」
茉莉Bも同感だった。
「みんな、最初は不安そうな顔をしてるけど、帰る時は笑顔になってます」
「でも、私たちができることには限界があります」
茉莉花が現実的な視点を示した。
「すべての人を救うことはできません」
「それでいいんじゃないですか?」
莉花が答えた。
「完璧を求める必要はない。できる範囲で、精一杯やる。それで十分だと思います」
三人の茉莉は、莉花の成長に感動していた。あの混乱の日、正義感だけで行動していた莉花が、今では深い洞察力と包容力を身に着けている。
「莉花、あなたは本当に素晴らしい『つなぐ人』になりましたね」
茉莉花の言葉に、莉花は照れながら答えた。
「みんながいたからです。一人だったら、絶対に無理でした」
四人は手を繋いだ。その瞬間、屋上に温かな風が吹いた。
下から見上げる愛先輩が、手を振っている。五人の絆は、これからもずっと続いていくだろう。
その日の夕方、『つながりの会』の次回会議の準備をしていた莉花のもとに、一通のメールが届いた。
送信者は不明だったが、件名に「茉莉花ソニック プロジェクト始動」と記されていた。
「茉莉花ソニック?」
莉花は首をかしげた。茉莉花トニック、茉莉花パニック、そして茉莉花ソニック。何かのシリーズのようだった。
メールを開くと、短い文章が記されていた。
『莉花へ。君たちの活動は素晴らしい。しかし、より大きな挑戦が待っている。準備はいいか? —茉莉花より』
莉花は画面を見つめた。この茉莉花とは、もちろん統合後の茉莉花のことではない。別の存在、別の世界からのメッセージのような気がした。
「新しい冒険の始まりかな」
莉花は小さく微笑んだ。
確かに、『つながりの会』の活動は軌道に乗った。しかし、世界にはまだまだ解決すべき問題がたくさんある。そして、自分たちの経験と能力を必要としている人たちがいる。
莉花は立ち上がって、窓の外を見た。夕日に染まる街並みが美しい。この平和な風景を守るために、そしてより多くの人々に幸せを届けるために、新しい挑戦も恐れない。
仲間がいる限り、どんな困難も乗り越えられる。茉莉花トニックの騒動で学んだ、最も大切な教訓だった。
翌日、莉花は三人の茉莉と愛先輩にメールのことを話した。五人は顔を見合わせて、同時に笑った。
「また新しい冒険の始まりですね」
茉莉花が楽しそうに言った。
「今度は、最初からみんなで協力できます」
「そうですね」
莉花も頷いた。
「どんな挑戦が待っていても、私たちなら大丈夫です」
五人の前に、新しい地平が開かれていた。茉莉花パニックの物語は終わったが、『つながりの会』の物語は、今始まったばかりだった。
そして遠くの空に、まだ見ぬ冒険への扉が、静かに開かれようとしていた。




