第10章「三世界の接触」
地上に降り立った五人を待っていたのは、想像を超えた光景だった。
キャンパスは確かに正常な状態に戻っていたが、それは元の世界Bのキャンパスとは微妙に異なっていた。建物の配置は同じだったが、建築様式が複数混在している。ある棟は世界Aの穏やかなパステルカラー、別の棟は世界Bの現代的なデザイン、さらに別の棟は世界Cの知的で複雑な構造。
「これは…」
愛先輩が辺りを見回した。
「三つの世界の良いところを統合した、新しいキャンパスになってるみたい」
確かに、それぞれの世界の特色が美しく調和している。世界Aの緑豊かな自然、世界Bの活気ある施設、世界Cの学術的な雰囲気。どれも失われることなく、より良い形で融合していた。
「学生たちも…」
莉花が学生たちを観察すると、興味深いことに気づいた。同じ人物でありながら、三つの世界の要素を併せ持つようになっている人が多い。
例えば、元々世界Bで活発だった学生が、世界Aの優しさと世界Cの知性も身に着けている。逆に、内向的だった学生が自信を持って発言し、同時に思いやりも忘れない、バランスの取れた性格になっている。
「みんな、より豊かな個性を獲得してますね」
茉莉Aが微笑んだ。
「これが本当の統合なのかもしれません。お互いの良いところを学び合って、でも自分らしさは失わない」
その時、キャンパスの向こうから見慣れた人物が歩いてきた。花想庵の店主だった。しかし、以前より若々しく、エネルギッシュな印象を受ける。
「皆さん、お疲れさまでした」
店主は五人に向かって深々と頭を下げた。
「世界の統合、見事に成し遂げられましたね」
「店主さん、あなたの正体は一体?」
莉花が以前から抱いていた疑問をぶつけた。
「私は…かつて、あなたたちと同じ経験をした者です」
店主は穏やかに微笑んだ。
「遥か昔、私も世界の分離を経験し、統合を成し遂げました。その経験を活かして、同じ状況に陥った人々を支援することが、私の使命なのです」
「ということは、私たちのような経験をする人は、他にもいるんですか?」
茉莉花が興味深そうに尋ねた。
「稀にですが、います。完璧でありたいと強く願う純粋な心を持つ人は、時として世界を分離してしまうことがあるのです」
店主の説明で、今回の出来事の全体像が見えてきた。茉莉花トニックの暴走は、単なる偶然ではなく、世界分離という特殊な現象の一部だったのだ。
「でも、なぜ私に『つなぐ人』の能力が?」
莉花が自分の特殊能力について尋ねた。
「それは、あなたの持つ強い正義感と行動力、そして何より仲間を思う気持ちが、世界統合に必要な資質だったからです」
店主の答えに、莉花は深く納得した。確かに、一人では何もできなかった。仲間がいたからこそ、力を発揮できたのだ。
「これからどうなるんですか?」
愛先輩が現実的な質問をした。
「統合された世界で、私たちはどう生きていけばいいんでしょう?」
「それは、あなたたちが決めることです」
店主は優しく答えた。
「ただし、一つだけ覚えておいてください。今回の経験で得た力と知識は、困っている人を助けるために使ってください」
五人は頷いた。確かに、この経験を通じて得たものは大きい。それを自分だけのために使うのではなく、社会のために役立てるべきだろう。
その時、キャンパスの各所から学生たちが集まってきた。彼らの表情は明るく、統合の過程で何か良い変化が起こったことが分かる。
「莉花さん!」
見知った顔の学生が声をかけてきた。昨日、茉莉花トニックの被害者だった人たちだった。
「あの時は、ありがとうございました」
「おかげで、本当の自分を見つけることができました」
学生たちの感謝の言葉に、莉花は照れながらも嬉しそうだった。
「私は何もしてません。みんなが自分で立ち直ったんです」
「そんなことありません」
一人の女子学生が言った。
「莉花さんが勇気を示してくれたから、私たちも頑張れたんです」
その光景を見ていた三人の茉莉も、それぞれの想いを口にした。
「私も、この経験で多くのことを学びました」
茉莉Bが言った。
「人を助けるということの本当の意味を理解できました」
「私は、優しさだけでは解決できない問題があることを知りました」
茉莉Aも続いた。
「でも、みんなで力を合わせれば、必ず解決策が見つかるということも学びました」
「そして私は、完璧である必要はないということを理解しました」
茉莉花が締めくくった。
「大切なのは、仲間と共に成長し続けることなのですね」
店主は満足そうに頷いた。
「皆さんは、本当に大切なことを学ばれました。これからの人生で、その学びを活かしてください」
そして店主は、小さな包みを莉花に手渡した。
「これは?」
「新しいレシピノートです。正しい使い方で作られた、真の茉莉花トニックのレシピが記されています」
包みを開けると、美しい装丁の新しいノートが入っていた。以前のものとは違い、全てのページが揃っていて、温かな光を放っている。
「今度は、正しい方法で人々を助けてください。ただし」
店主は三人の茉莉を見回した。
「今度は一人ではなく、三人で協力して」
「はい」
三人は同時に答えた。
その後、キャンパスには平和な日常が戻った。しかし、それは以前とは質の違う平和だった。統合を経験した人々は、より深い理解と思いやりを持つようになり、コミュニティ全体の結束が強くなっていた。
夕方、五人は大学の屋上に集まった。そこから見下ろす街並みは、三つの世界の良いところを併せ持つ、美しい光景だった。
「これで、本当に終わったんですね」
愛先輩がしみじみと言った。
「終わりというより、始まりですね」
莉花が答えた。
「これから、新しい世界でどんなことができるか、楽しみです」
三人の茉莉も同感だった。それぞれが異なる個性を保ちながら、互いを理解し合える関係を築けたことは、何物にも代えがたい財産だった。
「あ、そうだ」
茉莉Bが思い出したように言った。
「お祝いに、正しい茉莉花トニックを作ってみませんか?今度は三人で」
「いいアイデアですね」
茉莉花が賛成した。
「今度は、人をコントロールするためではなく、心から応援するためのトニック」
「私も手伝います」
莉花も加わった。
「『つなぐ人』として、みんなの気持ちをつなげるお手伝いをします」
「私も!」
愛先輩も笑顔で参加した。
五人は屋上で手を繋いだ。その瞬間、新しい世界の夕日が、希望に満ちた光を投げかけてくれた。




