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第37話 呼ぶ声、引く手

 霧の中で、中村は理子の瞳をまっすぐ見つめていた。

 幼い頃と変わらない優しい目。だが、その奥に、何か濁った影が揺れている。


 「ずっと、待ってたの。あの日、置いて行かれたまま……」

 理子の声は甘く、痛みを帯びていた。

 中村の心臓が強く脈打つ。あの日――事故の記憶が胸の奥で疼く。


 「……俺は、あの日、お前を……」

 言葉の先が喉で絡まり、吐き出せない。


 背後から、奈央の叫びが響いた。

 「中村さん! それは理子さんじゃない!」


 奈央の手が中村の腕をつかもうと伸びた瞬間、霧の底から無数の手が伸び、中村の足首を掴んだ。冷たい。まるで氷のような感触だ。


 「離せ!」

 中村が足を振り払おうとするたび、霧の中の理子は一歩、また一歩と近づいてくる。


 その時、先輩が低く呟いた。

 「……試してるな、この森は」


 「試す?」奈央が振り返る。

 「この森は侵入者に“最大の執着”を見せるんだ。それを振り切れなきゃ、ここから出られない」


 中村の胸の奥で何かがざわめく。

 ――執着。

 理子の姿は、救えなかった過去そのものだった。


 「……理子、お前は……」

 中村の指先が、理子に触れそうになる。


 その瞬間、奈央が全力で中村を引き倒した。

 「ごめん!」

 倒れ込む二人。その頭上を、理子の腕が霧とともに溶けて消えていく。


 残されたのは、冷たい空気と、中村の胸の奥に残る痛みだけだった。

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