第30話 代償の選択
異形の仮面が、闇の中でゆっくりと口を開いた。
『核を解くには……代償がいる』
その声は複数の人間の声が重なったように濁っていて、背骨を冷たくなぞられるような感覚が走る。
「代償……?」
中村の声は低く、しかし震えていた。
『命か……記憶か……どちらかを差し出せ』
その言葉に、全員の呼吸が止まる。
記憶――その響きに、私の胸がざわついた。
奈央の記憶を消されれば、彼女はもう中村を「お兄ちゃん」と呼ばなくなるかもしれない。
でも、命を差し出せば……それはもう、戻らない。
「ふざけるな……そんな二択、あるか」
中村が吠えるように言うが、仮面は動じない。
『核は呪いでもあり、楔でもある。この子は核を宿したことで、この世界の均衡を保っている』
「じゃあ、どうすれば――」
『均衡を崩さず解放するには、同等の“重さ”を持つものを与えるしかない』
その時、私の脳裏に港で見た光景が蘇る。
奈央が海風に揺れながら笑っていたこと。
その笑顔を守りたいと思ったこと。
「……俺がやる」
静かに、しかしはっきりと中村が口にした。
「お兄ちゃん、やめて!」
奈央の声が闇の奥から響く。
けれど、彼は振り返らなかった。
「命じゃなくて……俺の記憶をやる。奈央のこと以外、全部忘れてもいい」
その言葉に仮面はしばし沈黙し、やがて低く笑った。
『面白い……だが、それでは足りぬ。奈央の記憶も、お前から奪おう』
奈央が叫ぶ。
中村の目が、一瞬だけ揺れた。
――命を賭けるか、互いの記憶を消すか。
選択の刻が、迫っていた。




