第23話 崩れる時の狭間で
足元の床は、水面のように波打ち、重力さえも不安定になっていた。
前に踏み出したつもりが、次の瞬間には三歩後ろに戻される。
時間が巻き戻されている――そう気づくのに、長くはかからなかった。
「くそっ……距離感が狂う!」
私は歯車の異形の刃を避けながら叫ぶ。
すると背後から、中村の声が落ち着いて響いた。
「……こういう時は、逆らわない」
彼は大きく呼吸を整え、一歩ずつ異形に近づいていく。
その足運びは、まるで水の流れに乗るように滑らかだった。
「思い出したのか?」
「断片だけだ……けど、これで十分だ」
中村の体が、かつての戦士のように動き始める。
歯車の軌道を先読みし、逆回転に合わせて身体をねじ込み、
拳で歯車の軸を叩きつけた。
鈍い音とともに、歯車の回転が一瞬だけ止まる。
私はその隙を逃さず、短剣を突き立てた。
異形は歪んだ悲鳴をあげ、背中の歯車が一枚外れ落ちる。
それは欠けた部分を持つ、小ぶりな金属片――まるで古びた懐中時計のパーツのようだった。
「……これが、鍵か」
手に取ると、歯車は脈動し、どこか遠くで鐘が鳴る音がした。
異形はまだ倒れてはいない。
だがその姿は薄れ、霧とともに消えていった。
崩れていた時間の流れが戻り、私たちは再び水面の回廊に立っていた。
「……中村、今のは?」
「昔、俺が守ってた“門”の一つを通るための技だ……たぶん」
まだ完全には思い出していない――けれど確実に、彼は一歩前に進んだ。
手の中の欠けた歯車が、次の行き先を示すように光を放った。