第22話 欠けた歯車の番人
異形は、私たちを見下ろすように立っていた。
背中の巨大な歯車は回るたびに、金属音とともに血の雫を撒き散らす。
それが床に落ちると、水膜が赤く染まり、じわじわと波紋が広がった。
「……通す気は、なさそうだな」
私が短剣を抜くと、異形は顔もないはずなのに、笑ったように感じた。
突如、歯車の一部が外れ、刃のように飛んでくる。
私は身を低くして避けたが、後ろの中村は反応が遅れた。
肩口を掠め、血が飛び散る。
「中村!」
「……俺、前はどうやって戦ってた?」
その声は、切実で、迷子のようだった。
思い出せない――それが、今の彼をもっとも縛っている鎖。
だが戦闘は待ってくれない。
異形の歯車が回転を早め、周囲の霧を吸い込み始めた。
霧の中から、歪んだ時計の針のような武器が次々と飛び出し、襲いかかる。
「考えるな、中村! 感じろ!」
私は叫び、彼の前に飛び出して刃を弾く。
中村は、私の背中越しに異形を見据えた。
――その目が、一瞬だけ光った。
「……ああ、そうだ……」
低く呟き、彼は足を踏み出す。
忘れていた何かが、彼の身体に流れ込んでくるようだった。
しかしその瞬間、異形の歯車が逆回転を始め、空間がぐにゃりと歪む。
私たちの足元が沈み込み、時間そのものが崩れていく感覚に襲われた。
――戦いは、まだ始まったばかりだ。