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第2話 夜の廊下で
「……何してんだ、こんな時間に」
思わず問いかけると、斎藤はゆっくりと俺の方へ歩み寄ってきた。
足音がやけに響く。
この時間、廊下は冷たい静けさに包まれている。
消灯後の施設は、昼間とは別世界だ。
寝息と、時折のうめき声、そして外から聞こえる風の音。
「見舞いに来たんだよ」
斎藤は低い声でそう言った。
しかし、面会は日中しか許可されていない。夜間はもちろん、職員の許可がないと中に入れないはずだ。
「……誰に?」
「言えないな」
斎藤は笑った。
だがその笑みは、俺が知っている彼の笑顔ではなかった。唇だけが形を作り、目は氷のように冷たい。
ふと、背後の個室から物音がした。
――トン、トン。
まるで爪で壁を叩くような小さな音。
入居者が起きているのかと振り返ったが、扉は静かに閉ざされている。
次に視線を戻した時、斎藤の姿は――もうそこになかった。
廊下には、俺ひとり。
ただ、空気の中に微かに残ったコーヒーの香りだけが漂っていた。