第18話 忘れられた同行者
「……待ってくれ、中村。本当に私のことがわからないのか?」
必死に問いかけるが、中村は困惑した表情で首を振った。
「悪いけど、会った覚えはない。……あんた、どうしてここに?」
言葉は冷静だが、私を見る目には警戒が滲んでいた。
説明しようと口を開く――そのとき、背後の壁から湿った音が響く。
ぴちゃ……ぴちゃ……。
さっきよりも速い。確実に近づいてきている。
「……とにかく、今は走れ!」
中村はそう言って駆け出した。私も追いすがる。
廊下の奥は薄暗く、天井から垂れる水滴が床に丸い跡を残していく。
後ろを振り返ると、赤い影が通路の奥で揺れていた。
その動きはまるで、獲物の匂いを辿る獣のようだ。
「くそっ、速い……」
中村の額に汗が滲む。彼は私の存在を知らない――いや、覚えていないのに、なぜか私と同じ方向に走り続けている。
曲がり角を抜けた先に、木製の大きな扉が見えた。
だが、扉の下の隙間から冷たい空気が漏れているのに、鍵はびくとも動かない。
「別の道を――」
言いかけた瞬間、背後から低い囁き声が聞こえた。
『かえして……』
その声に、中村の肩が跳ねる。
私も思わず背後を見る――そこに、赤い女の瞳だけが、闇の中で二つ光っていた。