第12話 濡れた足音
階段を駆け下りる間じゅう、背後から“ぴちゃ…ぴちゃ…”と水を踏みしめる音がついてきた。
それは一定の間隔で、俺たちの足音と微妙にずれている。
まるで、もう一人、いや…“もう一つ”がついてきているみたいに。
「速く!」
中村が手すりを滑るように下り、俺もそれに続く。
心臓が爆発しそうだ。
階段の踊り場に差し掛かったとき、視界の端に赤い雫が落ちるのが見えた。
ポタ…ポタ…と、鉄臭いしずくが俺の靴先に落ちる。
「やばい!」
振り向いた瞬間、階段の上には誰もいない――ただ、濡れた足跡だけが、こちらに向かって延びていた。
1階に飛び出した俺たちは、すぐに後ろを振り返った。
だがそこには、水の跡すら残っていなかった。
まるでさっきの出来事が全部幻だったかのように。
「……ほら」
中村がポケットから、くしゃくしゃになった紙片を取り出した。
それは、俺たちがこの廃ビルに来る前に、元同僚から渡されたというメモだった。
《消灯後、屋上の水は見るな》
《もし見たら、すぐに目を逸らせ》
《赤い女は、降りてくる》
――どうして、もっと早く見せてくれなかったんだ、中村。