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第11話 赤い水面
鎖が床に落ちる音が、やけに長く響いた。
俺と中村は互いに顔を見合わせ、無言のまま扉を押し開ける。
夜風が、一気に顔を撫でた。
そこは真っ暗な屋上――ただし、中央の貯水槽だけが月明かりに照らされ、銀色の表面が鈍く光っていた。
だが、その水面が…おかしい。
月光を反射するはずの水が、濃い赤に染まっている。
しかも静かに波打ちながら、どこかで誰かが水の中を歩いているような音がする。
「……血、か?」
中村が呟く。
俺は何か言おうとしたが、その前に水面から“顔”が覗いた。
白く膨らんだ女の顔。
髪は水草のようにゆらめき、目は閉じている。
そしてその口が、確かに動いた。
「……おろして」
次の瞬間、貯水槽全体が大きく揺れ、赤い水が波打ち、屋上の床まで溢れ出した。
足元に流れ込んできた水は冷たく、泥と鉄の臭いが混ざっている。
「逃げろ!」
中村が叫び、俺たちは階段へ駆け出す。
だが背後で、何か重いものが水面から這い上がる音がした。
振り向く勇気は、なかった――。