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ルンルン

マッチングアプリで知り合った彼氏の陽太の浮気現場を目撃してしまった私。


新しい彼女の目の前で、屈辱的な振られ方をされた私だったけど、まるで私の言葉を代弁するかのように陽太を圧倒しビンタを食らわせたのは、まさかの陽太の新しい彼女だった。



しかもそれは同じ高校の同級生、小花ゆめで――。




「ほんと陽太く――じゃなくて、あのカス!ありえないね」



私の隣で、正面にある鏡に向かって言葉を吐き捨てるのは、さっき偶然再会したばかりの小花さん。


私の中では、『ユリさん』と呼んでいる。



ここは美容院。



どうしてこんなところにきているかというと、急遽あのあとユリさんが私を連れてやってきた。


今から予約なしで2人同時に入れるところ。



1軒目、2軒目と断られた。


だけど、3軒目に訪れた美容院で、2人を1人で担当するから片方が待つことになってもいいなら、という条件付きで入らせてもらうことができた。



私たちはカットクロスをつけられた状態で、隣同士の席に座っていた。



「…で、どうして美容院?」



もともと、もうすぐ美容院の予約を取るつもりだったからべつにいいんだけど、あの流れで美容院にくる意味がわからない。


すると、ユリさんはにんまりと笑った。



「そんなの決まってるじゃん。今から髪を切ってもらうんだよ」



ますますわけがわからなかった。


するとそこへ、担当する美容師さんがやってきた。



「こんばんは〜。急遽、お友達と髪を切りにこられたんですか?」


「そうなんです!よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします。それで、どんな感じがいいとかありますか?」


「はい。ここまでバッサリと切っちゃってください」



そう言って、ユリさんは顎のラインのところに、ハサミを模した自分の手で髪を挟んだ。


それを見た私はぎょっとして目を丸くする。



「…えっ!?そんなところまで!?」



さすがの美容師さんも私と同じように驚いている。



ユリさんの髪は、ロングヘアなのに痛みもなく美しい。


今のままですごく似合っているというのに、そこまで切ってしまったら一気に印象が変わってしまうけど…。



「30センチは切ることになりますが…、いいんですか?」


「はい!そうしたくてきましたから」



ユリさんの言葉に迷いはなかった。



「じゃ…じゃあ、切らせてもらいますが、初めにご自身でハサミ入れてみますか?」


「いいんですかっ?」



ユリさんは美容師さんからハサミを受け取る。


すると、ためらいもなく顎の横にハサミを入れて一気に切ってしまった。



ゆるく巻かれていた髪がはらはらとクロスを滑っていく。



…本当に切った。


しかも、あんな思いきり。



今切った髪だって、陽太とのデートのためにスタイリングしてきたはずなのに。



「は〜、スッキリした!あとは適当にやっちゃってください」



そう言って、ユリさんは美容師さんにハサミを返した。



美容師さんの手により、ユリさんの長かった髪はどんどん短く整えられていき――。


あっという間に、ゆるふわのショートボブになっていた。



印象はガラリと変わったけど、顔がもともといいからショートになっても似合っている。



「次は、お姉さんの番ですね」



さっきまでユリさんの髪を切っていた美容師さんが鏡越しに私に視線を送る。



「準備してくるので、もう少しだけお待ちください」



美容師さんはユリさんのクロスを外すと、私たちに軽く頭を下げてお店の奥へと入っていった。



「葉加瀬さん、この髪どうかな?」



隣の席のユリさんが私のほうに顔を向ける。



「う、うん。似合ってると思うよ。…でも、どうしていきなり切ったりなんかしたの?」


「え?だって、昔から失恋したら髪を切るって定番じゃない?」


「失恋って、あれは陽太が振られたというか…」


「いいのいいの、どっちでも。そもそもわたし、ロングあんまり好きじゃないし。なんとなく伸ばしてたけど、いい機会だから切ることにしたの」



そう言って笑ってみせるユリさんの表情はとても清々しく見えた。



「だからさ、葉加瀬さんも切ってみたら?」



ユリさんは促すように私の顔を覗き込む。



私も肩甲骨くらいまである黒髪のロングヘア。



でも、普段は邪魔で後ろで髪をひとつにまとめている。


だから、たまに髪を下ろしたら周りからびっくりされる。



私が髪を伸ばしている理由はとくにないが、強いて言うならロングヘア好きの男性が多いから。


いざとなったときに、ショートよりもロングのほうが女性らしさを感じてもらえるからと思って。



現に、陽太はロングヘアが好きだった。


だから、伸ばしていてよかったとはそのとき思ったけど――。



『この人、前にマッチングして一度だけ会った人なんだけど、そこからしつこく付きまとわれてて』



また思い出したら腹が立ってきた。


なんであんなやつが喜ぶようにと、ロングヘアのケアも邪魔くさいのにきれいに保てるようにがんばっていたのだろう。



今思うと、バカバカしい以外のなにものでもない。



「お待たせしました〜。で、次のお姉さんはどうしましょうか?」


「ここまで切ってください」



そう言って、私は戻ってきた美容師さんに無表情のまま顎のラインに指を添えた。



「えっ!?お姉さんもバッサリと!?」


「はい。お願いします」




――30分後。



私の無駄に長かったストレートヘアは、顎のラインでブラントカットでまっすぐに切り揃えてもらった。


いわゆる『切りっぱなしボブ』。



美容師さんの提案で、前髪は流してクールさを出して。


私の印象もガラリと変わったけれど、自分好みの髪型に思わず感激してしまった。



「葉加瀬さん、いい!とっても似合ってる!」


「そ…、そう?」



ユリさんが大絶賛してくれて、私はあからさまに照れてしまった。



同じ長さまで切ってもらったショートヘアだけど、エアリー感漂うユリさんのかわいい髪型と、かっこよさを意識した私の髪型のテイストはまるで違う。


ただ、お互いの個性に合っていて、なんとなくで伸ばしていたロングヘアには未練もなにもなかった。



陽太のための髪型じゃない。


これが、私だ。



不思議なことに、陽太への想いは切った髪とともになくなってしまった。



『は〜、スッキリした!』



さっきのユリさんの言葉通り。


身も心もスッキリとした。




「予約もなしに、突然押しかけてしまってすみませんでした」


「いいえ、こちらこそお待たせしてしまってすみませんでした。ですが、お2人ともとっても素敵ですよ」


「「ありがとうございます」」



私たちは担当してくれた美容師さんにお礼を言うとお店を出た。



すっかり夜の装いとなった街の通りをユリさんと歩く。



「なんだか、ごめんね。高校卒業してもう10年以上たつのに、会っていきなりノリで美容院なんて連れてきちゃって」


「さすがに突然すぎて驚いたけど、きてよかった。ありがとう」



そういえば、まだ偶然の再会についてなにも話していなかった。


『え!上京してたの!?』とか、『久しぶり!こっちでなにしてるの?』とか。



でも、私たちはもともとそんなふうに話す仲ではない。



そもそも私は、陽太といっしょにいるユリさんには一切気づいていなかった。


なんだったら、4つくらい年下かと思っていた。



今思ったら、ユリさんから漂っていたフルーティーな香水の香り――。


あれは、ユリさんが高校生時代にもつけていたものだったから、なんだか懐かしさを感じたんだ。



それにしても、もし気づいたところで学生時代ほぼ話したこともない元クラスメイトなんて、気づかないフリをしてその場をやり過ごそうとしたことだろう。


再会のきっかけはあんなかたちだったけど、ユリさんは私に気づいてくれて、しかも声までかけてくれた。



「そういうところは、学生のときから全然変わってないね」



ユリさんを見て、私は思わず笑みがこぼれた。



「え?そうかな?でも、葉加瀬さんも全然変わってないからすぐにわかったよ」


「…私?」


「うん。高校のときも風紀委員で1人だけ大人っぽくてかっこよかったし、その印象が今も変わってなくて、自立しててバリキャリって感じで」



高校のときの風紀委員――。


校則を無視して髪を染めている人や、ピアスをつけている人たちを目に入れば注意していた。



それが風紀委員としての職務だと思っていた私だったけど、周りはそんな私をウザがっていた。



それなのに、当時の私のことを“かっこいい”と思ってくれていた人がいたなんて。



「今は、一応こういうところで働いてるけど…」



そう言って、私はおずおずと名刺を差し出した。



「えっ、すごーい!大手中の大手だよね!?」



自慢するつもりで渡したわけではないけど、そう思われてしまっただろうか。


とも一瞬思ったが、ユリさんは私の名刺を見て素直に驚いてくれただけだった。



「わたしは、なんとなーく入った会社でなんとなーく続けてるだけだから、バリバリ働く葉加瀬さん、ほんとすごい!」



社内では、『女のくせに』と未だに言われることがある。


だから、男性社員と同じ功績だったとしても低く見られたり。



だけど、ユリさんは私のことを純粋に『すごい』と言ってくれた。


会社や私の業務内容のことまでは知らないだろうけど、ただそれだけで私の自己肯定感を支えてくれたような気がした。



「そういえば、どうして私のことを信じてくれたの?」



私の問いにユリさんが振り返る。



「だって、陽太の言うとおり…私が陽太の付きまといの可能性だってあったわけだし」



自身なさげに話す私。


それを見て、クスッとユリさんが笑った。



「そんなの、今日会ったばかりのよく知りもしない男の言葉よりも、学生時代の知り合いの言葉を信じるに決まってるじゃん」



驚いたことに、ユリさんは今日初めて陽太に会ったんだそう。


きっかけは、私と同じマッチングアプリで。



親に結婚しろしろと言われて、なんとなく登録したのだそう。


マッチングアプリへの入りは、私の理由と同じだ。



「葉加瀬さんはいつでもまっすぐて、絶対に嘘はつかないって知ってるから」


「知ってるって言ったって…、私たちそんなに関わりなかったよね?」


「うん。でもわたし、そんな葉加瀬さんにずっと憧れてたから」


「…私のことを!?」



地味で『優等生』と揶揄され、風紀委員でウザがられ――。


そんな私に憧れを…?



「葉加瀬さんって、わたしとは真逆でクールでかっこよかったから。だから、葉加瀬さんをバカにされてつい頭にきちゃったんだよね」



そうだったとしても、ユリさんのかわいらしい見た目からあんな暴言が飛び出してくるとは思わなかったけど。


それに、こんなふうに2人だけで話ができるとも思わなかった。



だけど、所詮は上京した街で高校の卒業以来にたまたま会ったただの元クラスメイトという仲。


いろいろと話聞きたいから、これからご飯に行こ!という雰囲気になることもなく駅へと着いた。



「それじゃあ、私はここで」


「うん。気をつけてね」


「あれ?ユリさんは電車じゃないの?」



わたしが尋ねると、ユリさんはキョトンとして首を傾げた。



「“ユリさん”?」



…しまった!



私の心の中だけで呼んでいた呼び中が無意識に――。



「ご、ごめんなさい…。私、勝手に小花さんのことを“ユリさん”って呼んでて。遠くから見ててもユリの花みたいにきれいだと思ってたから、それで…」



勝手にあだ名を付けていたなんて知って、きっと変だと思われた。


ただでさえ、学生の頃から地味で変なやつと思われていたはずなのに。



――ところが。



「そんなふうに思ってくれてたんだ!うれしい」



そう言って、ユリさんはふわりと笑った。



「じゃあ、次会ったときはぜひど名前で呼んでよ」


「え、名前?」


「うん、“ゆめ”で!わたしも“りっちゃん”って呼ばせてね」



私の手を握って微笑むユリさん。



そして、「わたしはこっちだから」と言って、手を振ってバスターミナルへと歩いていった。



次に会ったときは、――“ゆめちゃん”。



だけど、きっとそう呼ぶことはない。


べつに連絡先を交換したわけでもなく、今度じっくり話そうよと言って約束を取りつけたわけでもない。



たくさんの人々が行き交うこの大都会で、またユリさんと再会できる確率なんてほぼゼロに等しいだろう。


だから、ユリさんとはこれが最初で最後。



ただ、ユリさんのおかげで最悪になるところだった今日が、最高の1日となったのは確かだった。

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