そこにあるわけ (ファンタジー)
「ちぇ、今日はついてないな」
川口は、仕事帰りにふらりと立ち寄ったパチンコ屋の出入り口でため息を漏らした。
それもそのはずで、会社では些細なミスで上司に叱責を受け、そのストレスを発散させるために立ち寄ったパチンコは小一時間で諭吉が一枚羽を生やして飛んでいったからだ。
しかも、外からは音を立てて大粒の雨がアスファルトをぬらしている。
あいにく、川口は傘を持ち合わせていない。
そんな時、人が考えることは傘を黙って拝借することだ。
川口も降りしきる雨を見ながら、そんなことが頭によぎった。
幸いにも、パチンコ店の出入り口には傘立てが置かれていて、川口の邪な考えを誘っているのだった。
川口は傘立ての前に立つと、物色を始めた。
見るからに高そうな傘は遠慮することにして、コンビ二などで売ってるビニール傘を手に取る川口。
これなら、盗んだと注意されることもなく安心だと思うからだ。
それに、このような傘はどうせ使い捨てのようなものなので、誰かが置いて行ったか、忘れていったに違いないと川口は思い後ろめたさは感じないのである。
そして、川口は拝借した傘をさしながら家路に向かった。
川口の自宅は、ここから歩いて10分ほどの距離である。
さきほど、パチンコではずした激熱リーチのことを考えながら歩いていると、突然、頭の中で声がした。
「よくも、盗んでくれたな!!」
川口は、一瞬空耳かと思ったが違った。すぐに、また声が聞こえてくる。
「俺様は傘に宿っているものだ。しかも悪い性格をしていてな。手にとったものを不幸にして楽しんでいるのだ」
どうやら、とんでもない代物を手にとってしまった川口である。
慌てて傘を捨ててしまおうと思ったが、傘に宿ってるものの力なのか、手の自由を奪われてしまっていて傘を手放すことが出来ない。
「不幸って何だ?」
思わず、川口は声の主に叫んでいた。
「ククク、不幸ってのは、手にしたものを死にいたらしめてしまうのだよ。ちなみに、前任者はパチンコ屋のトイレで首を吊って死んだっけな……」
思わず身震いしてしまう川口。
「頼む、出来心だったんだ。なんとか助けてくれないか」
「そうだな、今日は俺様、すこぶる機嫌がいいので助けてやってもいいぞ! でも、お前の物を頼む言い方が気にいらないないな。頼むじゃなくお願いしますだろう」
傘の主は以外に細かい性格のようである。
「お願いします……助けてください」
「いいだろ、今回だけは見逃してやる。もうちょっといったところにコンビ二があるから、そこの傘立てに俺様を置け、それから、俺様を置いたら何も考えずに目をつぶって一目散に走って逃げろ。そしたら助けてやる。ただし、傘を置くときは慎重にな、誰かに見られた傘は手から離れないぞ」
川口は、ほどなくしてコンビ二に到着すると、辺りを見渡して誰も見ていないことを確認してから、傘を傘立てに置いた。幸いにも傘は、すぐに手から離れてくれた。
そして、傘の主の言ったことを守るように、目をつぶって全速力で走って逃げた。
目をつぶって走ったものだから、道路に飛び出す川口である。
川口の耳からはけたたましいクラクションの音が……。
慌てて目を開くと、そこには大型トラックが迫っていた……。
コンビ二の傘立てには、主を失ったビニール傘がぽつりと置かれている。
そこに、憂鬱な表情をした青年が傘を見つめてつぶやいた。
「こんな、ぼろっちい傘、盗んでも誰も文句は言わないだろう」