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地獄の沙汰も金次第 (ブラックコメディ)

 年の瀬も押し迫った十二月下旬に大手自動車メーカーの日損自動車第一製造課メインライン一組では毎年恒例の忘年会がとり行われていた。


 宴会が行われる場所は工場からほど近い居酒屋で、仕事帰りに徒歩で行くことが出来るという理由だけで決まったのだった。


 そういった訳で味は期待出来ない事は皆が知っていた。


 それでも宴は仕事が終わった開放感と綺麗どころであるイベントコンパニオンがお酌してくれた二時間あまりは大いに盛り上がりを見せていた。


 しかし、コンパニオン達との契約時間が切れて、彼女達が「今日は呼んでくださってありがとうございました。また新年会の際はサクセスをご利用くださいね」とご丁寧に事務所の名前まで出しての別れの挨拶をしてからは場は一気に萎えていき修羅場と化すのは時間の問題だった。


 それもそのはずで、周りを見ればむさくるしい男だらけで、自慢話である武勇伝をさっきまでは「うんうん」と聞いてお世辞の一つも言ってくれる女性がいなくなったわけだから致しかねないといったところなのだ。


 こうなってくると後は幹事のお開きの声を待つばかりなのだが、今日に限っては店が閉店するまで「飲み放題」のサービスがつくという事もあって惰性の時間がまだまだ続きそうな雰囲気が場に漂っていた。


 そんな状況の中、今年前厄だった四十才で独身万年平社員であるところの大蔵金満は一回り以上も年齢の離れた同僚を自分の隣に座らせると、酒癖の悪い酔っぱらい特有の説教じみた人生観を始めたからたまらない。



「なぁ、お前はちゃんと将来の事を考えて貯金とかしてるのかよ?」


名は体を表すとよく言ったものだが、この大蔵という男は大の守銭奴で金に対しては異常なまでの執着を見せる為、同僚からは嫌われていた。


 その守銭奴ぶりは徹底していて、携帯電話を持っていても、自分からは一切かけないし、使いたい時は「バッテリー切れた」と嘘を言っては同僚の電話を借りて長電話するとか、独身の大蔵に対して上司が気を利かして女性を紹介しても初デート場所が近場のショッピングモールで夕食がスナックコーナーでのラーメン定食というお粗末ぶり。


 しかも割り勘ときたものだから、後にその事を女性から聞かされた上司の面目は丸つぶれだった。


 他にも大蔵の日課が自販機のつり銭口を漁る事や後輩に対して驕った事が無いなど、悪い話題には事欠かない人物なのだ。


 そんな社内随一の嫌われ者の大蔵の質問に対して同僚社員は邪魔くさそうな表情をして「大蔵さん。僕はまだ二十三ですよ! そんなオッサン臭い事なんか考えた事ないすっよ」


「馬鹿、だからお前はダメなんだよ。いいか、人間ってのは明日何があるか分からないだろう。自分や家族が病気になったり、災害や災難に遭った時、最後に物を言うのが現ナマなの。つまり金ってわけだ。金さえあればな、地獄の沙汰も金次第と言って多少の悪事くらいなら閻魔様も黙ってくれるってもんだ」


 酔っぱらいに突然唐突な質問をされ、極端な自論を展開された挙句、ふつうに返しただけなのに「馬鹿」呼ばわりされた同僚は不愉快そのものだが、一応に年上の言うことなので理不尽ながらも「はい」と返事をすることにした。同僚が反論しない事をいいことに、ますます大蔵は自論をヒートアップさせた。




「俺なんかは、お前ぐらいの時には五百万は持っていたけどな。ところで、お前、彼女とかいるのかよ」


「はい。一応に付き合ってる女いますけど」


 


 大蔵はてっきり同僚に彼女なんかいないと思い込んでいたので、そのあっさりした返事に意表をつかれた。そして、負け惜しみとも取れる事を言い放つ。


「何ぃ、お前。金もないのに一丁前な事言うじゃないかよ。だいたい、金もないのに女と付き合うなんて生意気だぞ。悪い事言わないから早く別れてしまえよ」


 


 さすがに、この言われ方には我慢ならない同僚。


「ちょ~、待ってくださいよ。何でそんな訳の分からない理由で彼女と別れないといけないのですか。だいたい、金持ってる大蔵さんには女とかいるのですか? いないのだったら、こんなのいいオッサンのやっかみとしか思えないっす」


 この年の離れた同僚の意見が大蔵にとっては図星だっただけに、大蔵の口調は語気を荒らげたものになった。




「馬鹿やろう。俺の場合はわざと女作らないのだよ。女なんてものは金のかかる生き物なんだ。本当にお前は何も分かってない。救いようのない馬鹿だわ」



「あぁ、うぜぇ~このおっさん」



「おい、お前、今なんて言ったんだ」


 正に一触即発になった時、ことの成り行きに聞き耳を立てていた幹事が割って入るかのように「はいはい皆さんちょっと聞いてくださいね。だいぶ、宴会も盛り上がりを見せているようですけど、時間も時間ですのでここは一旦お開きとします。後は二次会行くなり、帰宅するなり個人の判断にお任せしますので、今日はありがとうございました。


 最後に三本締めで終了にします」と宴会を締めたのだった。流石に頭に血が上ってしまった大蔵でも全員立っての三本締めでは、上げかけた拳も下ろさざる得なかった。


 


 場がお開きになると、第一製造課組員の行動は早かった。


 皆、二次会であるところのいきつけのスナックやカラオケに行く為。もしくは家族の待ってる家路に早くつけるようにと、掛けていた上着を着込み、そそくさと宴会場から退出していく。


 そんな中、日頃の言動のせいか同僚達に二次会に誘われることもなく、賃貸マンションに一人暮らしで待ってる家族のいない大蔵一人がビンビールの残りや誰かしらの飲みかけの焼酎を胃の中に流し込んでいた。


 そして、店員が片付けを始めた頃にようやく重い腰を上げ古着屋で買った安ジャンパーを着ると居酒屋を後にした。


 


 師走の街は平年並みに寒く小雪がさらさらと舞っていた。


 時間的に公共交通機関が無くなっている中、この場所から自宅に戻るにはタクシーを使うのが定石だと思われるのだが、大蔵は何しろ守銭奴なので選択肢は徒歩一択しか無い。大蔵はジャンパーの内ポケットに手を突っ込むと自宅までの道を歩き出した。すると三百メートルほど歩いたところで同僚の二人がタクシーを拾おうと車道に目をやってる姿に出くわした。すぐに同僚達が大蔵に気づき声をかけてきた。


「大蔵さんも今から帰宅ですか?」



「うん、もう若いやつらのように朝方まで騒ぐパワーがないものでね」


 同僚達にはそう答えたものの、実際の大蔵はまだほろ酔い気分なだけで飲み足りないと思っていた。しかし、同僚達の中では自分が一番年上で最低でも飲み台は割り勘になるだろうし、下手をしたら酔った同僚が「奢ってくださいよ」とせがんでくるかも知れない。そうなったら断るのに手間がかかると読んでの帰宅組なのだ。


「ですよね。分かりますよその気持ち」と同僚も相槌をうってくれたのだが、実際のところ同僚達が分かっていたのは大蔵の本音の気持ちの方で心の中では「せこい奴」と思っていた。


「ところで大蔵さん。ご自宅はどっちの方でした? 良かったらタクシーで相乗りして帰りましょうよ」


「うちは段町なんだよ。もしかして君達もそっち方向なのかい」


 


 大蔵は相乗りだったらタクシーで帰ってもいいかなと思って答えた。勿論タクシー料金など同僚に出させる算段での事だった。


「あ、段町ですか。うちらとは逆方向ですわ。いやいや残念」


 


 それを聞いて、これから徒歩で一時間はかかる道のりを帰る運命が決まった大蔵は肩を落とした。


 そんな、やり取りをしているうちにもう一人の同僚がタクシーを止めた。


「大蔵さん、良かったらタクシー先にどうぞ。僕達は次のタクシー拾いますから」


 同僚は意味深な笑みを浮かべて大蔵にタクシーを譲ろうとしてくれた。


「いやいや、寒空の中ずっとタクシーを待っていたのだから君達が先に乗りなさい。私の方こそ次のタクシーを拾って帰りますから」


「そうですか。でわでわお先に失礼します。お疲れ様でした」


 そう言って同僚達はタクシーに乗り込んだ。


 そして、タクシーの自動ドアが閉まり運転手が「どちらまで行きましょうか」と聞かれると、同僚の一人は「段町までお願いします」と言いタクシーは発車していった。


 同僚達が行き先が同じはずの大蔵に嘘を言ってまで意地悪したのには訳があってのことだった。


 それは、ちょうど去年の今頃に大蔵とタクシー待ちをしていた時に起こった大蔵の言動を同僚が根に持っていたからにほかならない。


 その根にもたれた原因とはタクシーがなかなか捕まらない寒空の中、ようやく拾ったタクシーに乗ろうとした同僚に大蔵が「待った」をかけ、またタクシー待ちをする羽目になったからだった。その大蔵が「待った」をかけた理由が止めたタクシーの初乗りが大型車だったので中型車より三十円高いと言ったセコイものだったからだ。


 しかも、それから中型車にはなかなか巡り会うことが出来ずに寒空のもと小一時間待ったものだからたまらないものだった。無論のことその時のタクシー料金は「万札しか持ち合わしていないから」と嘘を言って同僚に払わせたものだから根に持たれても自業自得といったところなのである。


 同僚達が暖房の効いたタクシーに乗りそろそろ家路につこうかとしている時に、大蔵は徒歩帰宅での山場である全長八百メートルはある大きな橋の中間ぐらいのところを歩いていた。


 橋の上だけに何も遮るもののない寒風が容赦なく大蔵の体を吹き付ける。それでも、大蔵は金の為だと思い歯を食いしばりながらあらゆる方向から吹き付ける寒風と戦いながら歩を進めていくのだった。


 大蔵が寒風に打ち勝ち家路についたのは午前二時前の丑三つ時で、自室に入った時には体はすっかり冷えきってしまっていた。そして、疲れたせいもあって大蔵はそのまま着替えもせずに眠りについてしまった。


 


 


 それから一週間後、年が明けての仕事始めの日。


 日損自動車第一製造課メインライン一組では衝撃的なニュースが飛び込んでいた。


 なんと、あの守銭奴であるところの大蔵金満が死亡したとの話が現場に飛び込んできたからだ。


 死因は肺炎をこじらせての病死との発表だったが、凍死との噂もあり、実際のところはよく分からないのが本当のところだった。


 葬儀は大蔵らしく安上がりの市民葬で場所は公民館に斎場が設けられていた。


 組員達は全員が喪服に身を包んで生産ラインを半日止めてまで大蔵を見送った。


 生前に大蔵が冗談とも本気とも取れる言いようで、自分が死んだら「香典はたくさん入れてくれ、何しろ地獄の沙汰も金次第って言うだろう」って事を覚えていた同僚がいたので、組員の多くは香典袋に諭吉を入れていた。


 とにもかくにも、皆が一応に大蔵金満の棺に向かって手を合せ「どうか、成仏してください」と祈ってやり火葬場に行く霊柩車を見送ってやった。




 


 一方、極楽浄土と地獄の境である煉獄では、大蔵金満が札束の詰まったりゅっくを背負い小鬼が操舵する船に乗って三途の川を渡っていた。


 大蔵は死んだにも関わらず「♪薄紅色の可愛い君のね♪果てない夢がちゃんと終わりますように♪」と鼻歌まじりで上機嫌だった。


 それも、そのはずで大蔵は座右の銘にしている「地獄の沙汰も金次第」と言うことを強く信じているからだった。


 それが証拠に三途の川を渡ると牛鬼が経営してるギフト店があり、見るからに賄賂用の特級酒が樽売りされていた。


 その店で大蔵はありったけのリュックに詰め込んだ札束を使い樽酒とそれを載せる事の出来る荷車を買って、裁判の行われる閻魔大王の居城目指して長い坂道を登って行った。


 途中、小太りな男を御輿に担いだ「しょうこう、しょうこう」と変な歌を口ずさむ白装束を着て頭にヘッドギヤを付けた奇妙な集団に出くわしたが、その者達が何も贈り物らしきものを持っていないのを見て「この甘ちゃんめ」と思いながら抜かして行った。


 時間の概念が無い煉獄でどれくらいの間、坂道を登ってきたか定かではないが、大蔵は閻魔大王が裁きをする城にたどり着いた。


 城門の前には裁きを待つ人の列があり、自分の順番が来るまで大蔵は待つのみだった。


 そして、いよいよ大蔵の順番となり、彼は城門の中に通された。中には自分の住んでいた賃貸マンションよりも大きい判決台に手を置く山みたいな閻魔大王がおり、鼓膜が破れそうな低い声で大蔵の名前を呼んだ。


「大蔵金満だな」


「はい、閻魔様」


 


 大蔵は震えた声で返事する。


「そなたからの贈り物しかと受け取ったぞ。誠に天晴れな心がけじゃな」


 その閻魔様の声を聞いて大蔵は極楽浄土を確信していた。


「それでは、判決を言い渡す」


 


 大蔵は答えが分かっているものの緊張から心臓が飛び出しそうなのを抑えて判決を待った。



「そなたを炎熱地獄三百年の刑に処す」


 


 大蔵は耳を疑った。そして納得の行かない表情を閻魔大王に見せた。


 

 その顔を見てとったのか閻魔大王は大蔵に言い放った。


「最後に不服があるなら聞いてやる」


 待ってましたとばかりに、大蔵は荷車につんだ酒樽を指さしながら「あの、閻魔様あれで何とかお願いします」


 すると閻魔大王は地響きがするほど大笑いしながら「馬鹿者、そちの贈り物を十分考慮しての裁きじゃ。本来ならそちは無間地獄、もしくは奈落の底五百年だったのだぞ。それを負けてやったのだ。ありがたく思え」


 そうして、閻魔大王は木槌で判決台を叩くのだった。


 

 どうやら、大蔵の御布施は足りなかったようであった。

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