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第9話 暗殺未遂

 その翌日だった。

 公務でラルフがいないので、パトリシアはひとり自室でのんびりとしていた。

 侍女のアンがお茶を入れてくれたので、それにパトリシアは口をつけた。

 しかし、すぐにそのカップを床に落とし、パトリシアは倒れた。

 アンは青ざめた顔で倒れたパトリシアの横に膝をついた。


「パトリシアお嬢さま!?」


 床に倒れたパトリシアは喉を抑え、言葉を絞り出した。


「毒……。医者を……」


 アンは泣きそうになりながら頷いた。


「す、すぐにお医者さまを呼んで参ります」


 アンはパトリシアから離れて、駆け出した。



 パトリシアが倒れたと聞いたラルフは、血相を変えてパトリシアの部屋へ急いだ。

 ドアをノックもせずに開けてパトリシアの名を呼んだ。


「パティ!」


 そこにはベッドの上で上体を起こしたパトリシアがいた。

 ラルフはパトリシアの側に寄り、診察している医者に声を掛けた。


「パトリシアは?」


 医者は首を横に振った。

 それを見てラルフは息を呑む。

 医者はラルフを見上げて言った。


「もうなんともありません」


 ラルフは黒い瞳をぱちくりさせて医者とパトリシアを見比べた。

 たしかにパトリシアは顔色もよく、ぴんぴんしている。


「すぐに吐き出した。解毒剤ももらったし、もう大丈夫」


 ラルフはほっとして、その場に座り込んだ。

 パトリシアはそれを見て心配そうに言う。


「ラルフの方が顔色悪いよ。大丈夫?」

「パティが毒を盛られて倒れたと聞いて、生きた心地がしなかった……」


 パトリシアはアンに言う。


「ドアを閉めてくれる?」


 アンは頷いてラルフが開けっぱなしだったドアを閉めた。

 パトリシアは不敵な笑みを浮かべてラルフに言う。


「これは好機だよ、ラルフ」


 ラルフは怪訝そうに顔を上げた。


「なに?」

「今、王城では私が毒を盛られて倒れたと噂が広まっている。私が何ともないと知っているのはラルフと、アンと、お医者さまだけだ。首謀者がこの機会を逃すわけはない」


 ラルフは、はっとした。


「ならば、今夜はこの部屋に騎士を……」


 パトリシアはラルフの腕を掴んだ。


「いいや。それでは首謀者も手を出せないじゃない。私ひとりでいい」


 ラルフはパトリシアの水色の瞳を見た。


「しかし、それは危険すぎる!」

「大丈夫。相手は毒で弱っているただの令嬢と侮ってくる暗殺者だ。これでチェックメイトにしよう」


 ラルフはパトリシアを抱きしめた。

 それにパトリシアは驚いた顔でラルフを見た。


「パティ、君の勇気に感謝する」


 パトリシアは微笑みを浮かべて、ラルフの背中をポンポンとあやすように叩いた。


「大げさだよ、ラルフ。私はこのまま寝込むことにするから、他の対応を頼むね」


 パトリシアはそう言って、具合が悪そうなふりをしながら布団に潜り込んだ。



 その日の夜、パトリシアは自室にあるラルフの部屋のドアを叩いた。

 ラルフの返事が聞こえて、パトリシアはドアを開ける。


「案の定だよ。しかも、侍女の中に裏切者がいる。窓の鍵が開いているんだ」


 ラルフは眉間に皺を寄せた。


「なんだって?」

「アンじゃないのは確かだから、残りの二人のどちらかだ。今日、刺客が来る」


 それだけ言って部屋に戻ろうとするパトリシアの腕をラルフは掴んだ。


「やはり俺も一緒に……」


 パトリシアは心配そうな顔をしているラルフの腕を掴んで離した。


「ラルフは大人しくしていて。終わったら声を掛けるから、ね」


 パトリシアはラルフを安心させるように笑顔で言って、部屋に戻って行った。



 深夜、パトリシアの部屋の窓に人影が映った。

 黒いマントを羽織った刺客の男性は、音も立てずに窓を開けて室内へと侵入してくる。

 ベッドにはこんもりと山ができていて、男性はそこに剣を突き刺した。

 すると、ベッドの向こう側から冒険者の恰好をしたパトリシアが飛び出した。ベッドに飛び乗り、剣を男性めがけて振り下ろす。

 しかし、それは躱されて、パトリシアはもう一度剣を振った。

 今度は短剣で受け止められたが、男性のマントが破れて顔が垣間見えた。

 男性は舌打ちをして逃げようとしたが、パトリシアは背中を見せた男性のマントを掴んで後ろから飛び乗った。

 その衝撃で男性は意識が朦朧としているのか、動きが悪くなった。

 その隙に、パトリシアはポケットから取り出した紐で男性の腕を括った。


「ラルフ、終わったよ」


 パトリシアの声を合図にラルフは部屋に飛び込んできて、床に倒れている男性の首元を掴み上げ、顔を勢い良く殴った。


「ちょ、ちょっと、ラルフ。殺しちゃったら、生きて捕まえた意味ないから」


 息が荒くなっているラルフを宥めるように、パトリシアはラルフの腕を叩いた。

 殴られた男性は、口から血を流し、うめき声を上げている。

 ラルフは男性の首元を掴んだまま問う。


「誰に依頼された?」


 男性はラルフから視線を逸らし、舌を噛み切ろうとしたが、パトリシアが口にハンカチを詰め込んでそれを阻止した。

 それから、パトリシアは廊下に出て、ドアの前に待機させていた騎士のポールに声を掛けた。


「賊だよ。牢屋に連れて行ってくれる?」


 ポールは待ってましたと言わんばかりに頷き、部屋の中に入ってきた。

 ポールと他の騎士たちによって男性は連行されていった。


 乱れてしまった部屋をアンたち侍女が整頓してくれているので、パトリシアは隣のラルフの部屋で待機していた。

 ラルフはパトリシアの頬に手をやる。


「血が出ている……」

「え? 揉み合った時かな。痛くないから大丈夫……」


 ラルフはパトリシアを抱き寄せた。

 パトリシアはラルフの顔を見上げる。


「おーい、ラルフ。どうしたの? あとは、首謀者を吐かせたら終わりだよ。よかったねぇ。これで正当な婚約者を迎えられるよ」


 ラルフのパトリシアを抱きしめる力が強くなって、パトリシアはラルフの胸を叩く。


「痛い、痛いって」


 ラルフはパトリシアをゆっくりと離した。

 ラルフの真剣な黒い瞳がパトリシアを見つめる。

 パトリシアはどきっとしてその瞳から目が離せなかった。


 そこへラルフの部屋のドアを叩く音がして、ラルフが返事をする。

 開かれたドアの先にはポールがいて、ラルフの前に跪いて言った。


「首謀者が分かりました」

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