第7話 ダンスパーティ
二週間後、パトリシアは緑のドレスを着て、ラルフと共にダンスパーティへと赴いた。
二人が会場に入ると、視線を一身に受けるのをパトリシアは感じた。
「ラルフ王太子殿下とご一緒のご令嬢はどなたかしら?」
「あら、知らないの? 婚約者のパトリシア・マイルズお嬢さまよ」
「見たことのないご令嬢ね」
「ラルフ王太子殿下が随分とご執心だと聞いたわ」
こそこそと話しているつもりらしいがしっかりと聞こえている。
――ラルフの思惑通り、ちゃんと噂になっているみたいね。
パトリシアはにっこりと微笑みを向けると、ぴたりと会話が止まった。
ラルフは自分の腕を掴み、隣を歩くパトリシアに感心したように囁く。
「やるなぁ」
そこへ可愛らしい男の子が駆け寄ってきた。
「お兄さま!」
「ジェイ、もう来ていたのか」
――これが第二王子のジェイミー殿下。兄弟仲はよさそうね。
ジェイミーも黒髪、黒い瞳だが、まだ幼いせいか可愛らしい顔つきをしている。
ジェイミーはラルフを見上げて頷いた。
「先ほど、お爺さまと一緒に来ました。こちらがお兄さまの婚約者のパトリシア様ですか?」
パトリシアはジェイミーにお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。パトリシア・マイルズと申します」
ジェイミーはパトリシアにきらきらとした瞳を向ける。
「お義姉さまと呼んでもいいですか?」
――ま、まぶしい……。
パトリシアは緩む頬を必死に引き締めながら頷いた。
「嬉しいですわ。わたくしもジェイミー様と呼んでもよろしいですか?」
「お義姉さまもぜひジェイと呼んでください!」
「それではお言葉に甘えさせていただきますね」
そこへ盛大な笑い声と共にやってきた男性がいた。
「ジェイミー殿下、もうラルフ王太子殿下の婚約者殿と仲良くなったのか? さすがだな」
「お爺さま!」
パトリシアは男性に視線を向けた。
年齢の割にしっかりとした体つきで、今でも鍛えているのが良く分かる。
――これがジェイの後ろ盾をしているロバート・メレルズ公爵か。
ロバートはラルフにお辞儀をした。
「ラルフ王太子殿下。ご健勝そうでなにより」
「メレルズ公爵も変わりなさそうでなによりです」
ロバートはパトリシアに視線を向ける。
パトリシアはお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。パトリシア・マイルズと申します」
ロバートはにやりと笑って、ラルフを冷やかす。
「ラルフ王太子殿下はいつになったら婚約者を定めるのかとひやひやしておりましたが、いやはや、いつの間にこんな綺麗なお嬢さんを見つけたのか」
ラルフはロバートに苦笑を向ける。
「冷やかさないでください。少し前にマイルズ侯爵にご紹介していただいた。あまりに美しいものだから、一目惚れしてしまいました」
ラルフは愛おしそうにパトリシアに視線をやる。
ロバートは楽しげな笑い声を上げる。
「熱い、熱い。見せつけてくださいますな。しかし、これだけ美しければ一度見れば忘れないと思うのだが、パーティは、はじめてかな?」
それに答えたのはラルフだった。
「領地から出たことがないらしく、今日が初お披露目です」
「そうでしたか。そんな記念すべき日に立ち会えて嬉しい」
会場に音楽が流れはじめる。
ジェイミーがパトリシアの手を取った。
「お義姉さま、僕と踊ってください」
ロバートがひょいっとジェイミーを抱き上げた。
「こらこら、ジェイミー殿下。お二人はファーストダンスだぞ。先にお前が踊ってはならんだろう」
ジェイミーは唇を尖らせた。
パトリシアはジェイミーの手を取った。
「ジェイ、あとでわたくしと踊ってくださいますか?」
ジェイミーはきょとんとした後、ぱぁっと笑みを浮かべた。
「はい! お義姉さま!」
ラルフはジェイミーを掴むパトリシアの手を取って、キスをする。
「パトリシア、俺と一曲よろしいですか?」
パトシリアはにっこりと笑って頷いた。
ラルフはパトリシアの手を引いて、中央で踊りはじめる。
「ダンスもできるのか」
パトリシアはその問いに笑みで答えた。
ラルフは黒い瞳でパトリシアを見つめた。
「君は何でもできるのだな。君のことを知れば知るほど、もっと知りたくなる」
「昔のことは問わない約束では?」
「そうだったな。いつか君が話してもいいと思ってくれるのを待つとしよう」
寄り添い踊る二人の姿を貴族たちは見ていた。
「まぁ、お似合いですこと。微笑ましい」
「ラルフ王太子殿下のあのようなお顔は初めて見ましたわ」
「随分と仲睦まじいご様子。これでグレース王国も安泰ですね」
――ラルフに対して全体的に好意的な雰囲気だな。それもそうか。ジェイはまだ十一歳。ラルフを排して、立太子させるには幼すぎる。それに、ジェイの後ろ盾をしているメレルズ公爵がラルフに好意的だからそれも二人を対立させない要因なのかも……。
「考え事か?」
「え? ああ、ごめん。ちょっと整理していた」
ラルフは苦笑する。
「随分と余裕があるようだ」
「そうじゃないって」
パトリシアは慌ててそう答えた。
そのあと、パトリシアはジェイミーとも踊った。
幼いながらも懸命にパトリシアをエスコートしようとしていてパトリシアは顔が崩壊しないように努めるので必死だった。
パトリシアとラルフはバルコニーに出て、風に当たっていた。
ラルフはワインを傾けている。
「どうだった?」
「うん? うーん。ラルフが二人は違うと言っていた意味は良く分かった。そうなると絞り込むのは難しいよね。あの時、一人くらい生かしておくべきだった」
「あの時はそんな余裕はなかったが、パティならできるのか?」
パトリシアはワインを揺らして、それを眺めながら言った。
「うーん。やってみないと分からない。次はやってみる」
ラルフはパトリシアの方を向いた。
「今日で貴族たちにパティの顔は覚えられた。刺客が向けられるかもしれない」
「それは分かっているから、次はやってみると言ったんだよ」
パトリシアはなんでもないとでも言うかのように軽く言った。
ラルフはパトリシアの手を取る。
「パティ、俺は……」
「ラルフ王太子殿下、パティ」
パトリシアは声のした方を向いた。
そこにいたのはマイルズ侯爵夫妻だった。
侯爵夫人のルーシーはにこやかにパトリシアに話しかける。
「見ていましたが、わたくしたちのサポートは必要なかったようね」
「お義母さま、お義父さま」
ジャックがパトリシアに尋ねた。
「義父のわたしとも一曲どうだ?」
パトリシアは笑みを浮かべて言った。
「喜んで」
ラルフはルーシーに尋ねる。
「では、侯爵夫人は俺と一曲どうですか?」
ルーシーはにっこりと微笑んだ。
「まぁ、ラルフ王太子殿下。ぜひお願いします」
四人は会場に向かって歩き出した。
パトリシアは隣を歩くラルフを見上げた。
「さっきなんて言おうとしたの?」
ラルフは赤くなった顔を隠すように腕をやった。
「いや、なんでもない。忘れてくれ……」
パトリシアは不思議そうに首を傾げた。