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第6話 入城

 一週間後、パトリシアはマイルズ侯爵夫妻と共に再び王城へと戻ってきた。

 パトリシアは銀髪を綺麗に梳かし、淡いピンク色のドレスを着て王城へと入った。

 侯爵のジャックの後ろを侯爵夫人のルーシーと並んでパトシリアは俯きがちに歩く。


 ジャックはラルフの部屋のドアをノックした。

 室内から入室を許可する声がして、ジャックはドアを開けた。

 パトリシアたちが入室すると、部屋にはラルフと侍女がひとり待っていた。

 パトリシアたちはラルフにお辞儀をする。

 ジャックは顔を上げて、ラルフにパトリシアを紹介した。


「以前にもご紹介いたしましたが、わたしの遠縁の娘、パトリシアです。この度は、婚約者にお選びいただき、至極恐悦でございます」


 パトリシアは再びお辞儀をする。


「ラルフ王太子殿下、ご無沙汰しております。パトリシア・マイルズがご挨拶を申し上げます。不束者ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます」


 ラルフはパトリシアに近づき、手を取った。


「パトリシア嬢、婚約の申し入れを承諾していただき、ありがとう。大切にします」


 ラルフはそう言って、パトリシアの手にキスを送る。

 ラルフはそれから侍女に視線を向けた。


「侍女長、お茶の準備を頼む」


 侍女長は一礼して下がった。

 侍女長が部屋を出たのを確認して、一同はほっと一息つく。

 ラルフがパトリシアをじっくりと見た。


「短時間でよくここまで仕込んだな。侯爵夫人」


 ルーシーは首を横に振る。


「わたくしはグレース王国の作法を少しお教えしただけですわ」


 ――そりゃあ、こちとら伊達に十二年も厳しいマダムキャサリンの王妃教育を受けてはいないわ。隣国のグレース王国の作法だって教わっていたんだから。


 パトリシアはそんなことを考えながらすましていた。

 ラルフは感心したようにパトリシアに視線を送る。


「まるで教育を受けたご令嬢かと思ったぞ。どこで学んだ?」


 それにパトリシアは言い淀む。


「ああ、そうだね、旅をしていると貴族の方たちと関わることもあるから……」


 パトリシアは笑ってごまかした。

 ラルフは少し納得していないような表情をしている。


「それに名はパトリシアにしたのか」


 それに答えたのはルーシーだった。


「ええ。パティはパトリシアの愛称でもあるし、ついうっかり口にしてしまっても問題はないでしょう。それに、綺麗な銀髪でカスティル王国の氷姫を彷彿させますから、それにあやかってつけました」


 ルーシーの言葉にパトリシアはどきっとする。


 ――もっと仮の名前をひねればよかった……。


 ラルフは首を横に傾げた。


「氷姫?」


 ルーシーは頷く。


「ラルフ王太子殿下はお会いになったことがあるでしょう? カスティル王国の王太子の婚約者、パトリシア・ブラッドリー公爵令嬢ですよ。わたくしはお会いしたことはございませんが、噂はグレース王国にまで伝わってきます。大層美しいご令嬢だとか」


 ラルフは少し考えた末に思い出した。


「そういえば、数年前にカスティル王国の婚約披露パーティに呼ばれたな。あまり印象に残っていないが……」


 カスティル王国の王太子のリチャードとは話したので記憶があるが、隣にいた婚約者のことはうっすらと記憶があるだけだった。確かに全体的に白っぽいイメージだった。

 ラルフはじっとパトリシアを見つめた。

 外見はパトリシアのイメージに近いが、雰囲気が違いすぎてラルフは首を横にひねった。


「カスティル王国の王太子の婚約者はもっと可憐な方だった。似ても似つかないぞ」

「悪かったわね。可憐なお嬢さまじゃなくて」


 ラルフは慌てて否定する。


「悪く取るなよ。俺はパティのような元気な方が好きだ」


 パトリシアは複雑な気持ちになる。


 ――どっちも私だけど……。まぁ、素はこっちだからいいか。


 ラルフはパトリシアの機嫌を損ねたかと心配そうだ。

 そこへ部屋のドアがノックされて、侍女長がお茶を運んできた。

 パトリシアたちは四人掛けの椅子に着き、お茶をしながら話した。

 ラルフはお茶を一口飲んで、パトリシアに声を掛ける。


「パトリシア嬢は美しいな。今まで出会うことができなかったことが残念でならない」


 パトリシアは頬に手をやり、照れたような表情を作る。


「まぁ、ラルフ王太子殿下。わたくし、恥ずかしいです……」


 ――なにこの人! 急に甘い雰囲気を作りはじめたんですけど!


 ラルフはパトリシアの銀の髪を一房手に取り、キスを送る。


「離したくないな。王城に部屋を用意しよう。侍女長、隣の部屋の支度をしてくれないか?」


 それに侍女長は驚いたようで、ラルフに尋ねる。


「隣室は王太子妃のための部屋です。御婚約の披露もまだなのに、王城に住まわせるのはいかがでしょうか?」


 ラルフは少し不機嫌そうな表情をした。


「婚約発表後、すぐに婚姻する。本当なら婚約発表など飛ばして婚姻したいくらいだ」

「……承知いたしました。お部屋と侍女をご用意いたします」


 侍女長は怪訝そうにしながらも一礼して部屋を出て行った。

 ラルフはそれを見送って、パトリシアの髪を離した。


「これだけやれば、俺が婚約者に惚れ込んでいるという噂も立つだろう。急に婚約者ができたことに疑いを持つ者は少ないはずだ」

「それなら先に言ってよね! 合わせるのに苦労したじゃん!」


 ラルフは楽しげな笑い声を上げる。


「この間の仕返しだ」


 パトリシアは言葉に詰まる。


 ――この間の宿屋でのことか!


 パトリシアは気を取り直すためにお茶を一口飲んでからラルフに尋ねる。


「それで、これからのことだけど、まずは首謀者の見当はついているの?」


 ラルフは首を横に振った。


「第二王子のジェイミーの陣営側だろうとは踏んでいるが、誰かまでは分かっていない」

「第二王子、本人ということはない?」

「ジェイミーはまだ十一歳だ」

「第二王子の母親は?」

「正妃だな。俺の母が亡くなってからは、正妃が母親代わりをしてくれている。側室にも優しく、穏やかな方だ」

「なら、第二王子の後ろ盾は?」

「ジェイミーの後ろ盾はロバート・メレルズ公爵だな。高潔な方で、暗殺など差し向けるような方ではない」


 パトリシアはそれを聞いて、考え込んだ。


 ――第二王子殿下でもなく、その後ろ盾でもないとなると、絞り込むのは難しいか……。


 ラルフはパトリシアに尋ねた。


「随分と内政に詳しいのだな」


 パトリシアははっとしてラルフに視線を向けた。

 ラルフは少し疑うような顔をしている。


「王子に後ろ盾がいるなど、知らぬ令嬢も多いと言うのに……」


 ――しまった!


 パトリシアは溜息を吐いて話した。


「……カスティル王国にいたころ貴族の家にいたことがあるんだ。その時に、いろいろと教えてもらった」


 ラルフは納得したように頷いた。


「それで礼儀作法も身につけていたのか。そうならそうと言えばよかっただろう」

「あまり深く聞かれたくないんだよ。昔のことは」


 吐き捨てるように言ったパトリシアをラルフは黒い瞳で見つめた。


「パティが嫌だと言うのなら、俺はもう聞かない。君が嫌がることはしないと誓おう」


 パトリシアは水色の瞳をラルフに向けた。


「聞かなくていいの? 私のことを間者ではないかと疑ったのではないの?」


 ラルフは首を横に振る。


「俺はパティを信じると決めた。だから、敵だと疑ったわけではない」

「ラルフ……」


 ジャックがこほんとひとつ咳払いをした。


「話を進めましょう。二週間後にあるダンスパーティにお二人で参加していただき、貴族たちにもラルフ王太子殿下の婚約を知らせます」


 パトリシアは頷く。


「分かりました。マイルズ侯爵様」


 ラルフはパトリシアに言う。


「そこでジェイミーとメレルズ公爵と会うことになるだろう。君の目からも二人を見てみてほしい」


 パトリシアは頷いた。

 ルーシーは微笑みながら言う。


「わたくしたちも参加するので、サポートはするわ」

「ありがとうございます。ルーシー様」

「わたくしたちにも敬語は使わなくていいのよ。あなたは養女という設定なのだから、他人行儀なのは疑われるわ」


 ジャックもそれに同意するように頷いた。


「わかった。お義父さま、お義母さま」


 ルーシーは満足そうに微笑んだ。

 一通り話を終えて、マイルズ侯爵夫妻は帰って行った。


 パトリシアとラルフは部屋に二人きりになってお茶を飲んでいると、侍女長が部屋を訪れた。


「パトリシアお嬢さまのお部屋の準備が整いました」


 ラルフは侍女長に言う。


「パトリシアを部屋に案内してやってくれ」

「かしこまりました。パトリシアお嬢さま、どうぞご案内いたします」


 パトリシアは立ち上がり、ラルフに一礼する。


「失礼いたします」


 ラルフも立ち上がり、パトリシアの頬にキスをした。

 パトリシアは驚いてのけぞりそうになるのを必死にこらえて微笑んだ。

 ラルフもパトリシアに微笑む。


「パトリシア嬢、またあとで」

「ええ。ラルフ王太子殿下」


 パトリシアは会釈して、侍女長の後をついて行った。

 侍女長が隣室の扉を開けると、その部屋も立派なものだった。

 調度品が女性向けで可愛らしいくらいで、ラルフの部屋とほとんど同じ作りだった。

 パトリシアは侍女長を振り返って言う。


「荷物は後ほどマイルズ侯爵家から運ばれてきます。これから世話になるわね。よろしく頼みます」


 侍女長は一礼した。


「侍女は何名ほどご用意いたしましょう」

「そうね、まずは取り急ぎ、身の回りの世話をしてくれる者をひとりだけ用意してちょうだい。あとは、侍女長に任せます」

「それでは、そのように。三名ほどご用意させていただきます」


 パトリシアは申し訳なさそうな顔をした。


「忙しいのに仕事を増やしてしまってごめんなさいね」

「とんでもございません。失礼いたします」


 侍女長は一礼してから部屋を出て行った。

 パトリシアは一息ついて、スカートの中に隠しておいた剣を取り出した。

 それから部屋を見て回り、特に人が隠れられそうなところは入念にチェックをした。


「王太子妃の部屋にまで専用のお風呂がある……。さすが王城。すごいわ」


 部屋に戻り、ベッドの横にある扉に手をかける。

 扉を開けた先はラルフの部屋で、ラルフは椅子に腰かけていた。

 パトリシアは慌てて謝った。


「ご、ごめん! まさかラルフの部屋に繋がっているとは思わなかった」


 ラルフは立ち上がり、パトリシアの元に向かった。


「いや、鍵はこちらからしか掛けられないんだ。隣の部屋はずっと使っていなかったから気がつかなかった」


 ――王太子妃にプライバシーはないの?


 パトリシアは一瞬そんな疑問が浮かんだが口にはしなかった。

 ラルフは気まずそうに言う。


「鍵は閉めておくから……」


 パトリシアは少し考えてから首を横に振った。


「いや、何かあった時に、お互い逃げられるようにここは鍵を閉めずにおこう」

「いいのか?」

「もう同じ部屋に泊まった仲じゃない。私もラルフを信じている」


 パトリシアはにっこりと笑った。

 ラルフはそれを聞いて口角を少し上げた。


「じゃあ、私は部屋に戻るよ」


 扉を閉めようとしたパトリシアの腕をラルフは取った。

 パトリシアは不思議そうにラルフを見上げる。


「どうしたの?」


 ラルフは口元に手を当てて、少し言いづらそうに言った。


「……もう少し一緒にいてくれないか?」


 パトリシアは首を横に傾げた。

 ラルフは更に言い訳するように言葉を紡いだ。


「いや、ほら、旅の間ずっと一緒にいただろう。その、……パティが側にいてくれたら落ち着くんだ」


 ラルフがわずかに赤くなった顔でそういうものだから、パトリシアもつられて赤くなった。


「ああ、そう。そういうことなら少しだけ……」


 パトリシアはラルフの部屋に足を踏み入れて、ドアを閉めた。

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