表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

第5話 偽装婚約

 翌日の昼過ぎにはエメリーにある王城へと到着した。


「俺はこのまま陛下に帰還の挨拶をしてくる。ポールはパティを俺の部屋に案内してやってくれ」


 ラルフはそう言って、パトリシアとポールを残して行ってしまった。

 ポールはラルフに言われた通り、パトリシアを連れてラルフの部屋へと向かう。

 グレース王国の王城はカスティル王国の王城よりも大きく、内装も豪奢だった。

 さすがはこの辺りで一番の大国だとパトリシアは思った。


 ラルフの部屋は天蓋付きのベッドがあり、調度品も一級品の物がそろっている。

 パトリシアは部屋の中央に置かれた四人掛けのテーブルの椅子に座るように促された。

 侍女がお茶を入れてくれる。

 ポールはまるでパトリシアを逃がさんと言わんばかりにドアの横に立っている。


 ――はぁぁ、居心地が悪い……。ラルフ、早く戻ってきて!



 しばらくしてラルフが部屋に戻り、パトリシアはほっとした。

 侍女がラルフに声を掛ける。


「湯浴みの支度が整っております」

「ああ。パティ、ゆっくりしていてくれ」


 パトリシアが声を掛ける間もなく、ラルフはそう言って、隣室にある浴室へと入って行った。



 ラルフが浴室から出てくると髪は黒色に戻っていた。

 パトリシアはそれを見て言う。


「髪染め、綺麗に落ちてよかったです」


 ラルフは旅の時よりも穏やかな表情になっている。


「パティも湯浴みをしたらどうだ?」


 それを聞いたパトリシアは首を横に振る。


「私はいいです。王太子殿下の浴室を使うなんて恐れ多いです」


 敬語を話すパトリシアにラルフは寂しげな表情をする。


「パティには旅の間のように話してほしい。距離ができてしまったようで寂しいじゃないか。遠慮せずにパティも浴室を使え」


 侍女二人が微笑みながらパトリシアの両腕を掴んで、浴室へと連れて行った。

 服を脱がされて、浴槽へと促される。

 髪を洗っていた侍女が声を上げた。


「まぁ、綺麗な銀髪ですね」


 パトリシアは溜息を吐いた。



 湯浴みを終えると、着替えとして薄紫色のドレスが用意されていた。

 そのドレスを着せられて、浴室から出ると、新たなお客さんが二人いた。

 茶髪の四十代くらいの男性と、茶髪の四十代くらいの女性だった。


 浴室から出てきたパトリシアに驚いたのはラルフとポールだった。

 ラルフがパトリシアをまじまじと見る。


「パティは銀髪だったのだな。髪染めは君自身も使っていたのか」

「まぁね。銀髪だと目立つでしょう」


 ラルフはパトリシアの横に立ち、茶髪の男性と女性を紹介する。


「俺の亡き母の弟のジャック・マイルズ侯爵と、ルーシー侯爵夫人だ」


 パトリシアはドレスの裾を持ってお辞儀をする。


「お初にお目にかかります」


 ルーシーは驚いたように口元に手をやった。


「まぁ、綺麗なお辞儀だこと……」


 パトリシアは、はっとした。


 ――つい条件反射でお辞儀をしてしまった……。


 そのお辞儀にはラルフも感心したようだ。

 ラルフはパトリシアの肩を掴んで、向かい合った。


「パティ、俺の婚約者になってくれないか?」


 パトリシアは水色の瞳をぱちくりとさせた後、叫んだ。


「婚約者⁉」


 ラルフは真剣な黒い瞳をパトリシアに向ける。


「ああ。俺は命を狙われている。パティは強い。首謀者を捕らえるのを手伝ってほしい。それまで婚約者のふりをしてくれないか?」


 パトリシアはくらっとした眩暈を感じた。


「ああ、ふりね。勘違いしたじゃん。びっくりしたぁ」

「言い方が悪かったか。すまない。首謀者を捕らえるのを手伝ってくれたら報酬ははずもう」


 ――まぁ、路銀は多いほどいいけど……。王太子と関わるとろくなことないからなぁ。でも、ここでさよならも見捨てるようで心苦しいし……。


 パトリシアはラルフを見上げた。

 黒い瞳が懇願している。

 

 ――この目に弱いんだよな……。


 パトリシアは渋々頷いた。


「分かった。いいよ。手伝ってあげる」


 ラルフは黒い瞳に笑みを浮かべた。


「助かる。婚約者を探そうにも、このような状況では迎えることができなかったのだ」

「殺されかけたのって、今回だけじゃないの?」

「今までに何度かある」


 そこでパトリシアははたと気がついた。


 ――たしかお父さまが持ってきた縁談って隣国の王太子との縁談だった。まさかラルフのことじゃないでしょうね。やっぱりお父さまが持ってくる縁談はろくなものじゃない!


 とはいえ、パトリシアは首を突っ込むことになった。

 縁とは不思議なものである。

 急に黙ったパトリシアを不思議に思ってラルフが声を掛ける。


「パティ? どうした?」

「ううん。たしかにその状況じゃ、普通の令嬢の婚約者では命が危ないね」


 ラルフは困ったように頷いた。


「陛下が病床に伏せた今、いつ俺が王位を継承するか分からない。早めにこの問題を片付けて婚約者を見つけ、陛下を安心させたい」

「陛下はそんなに病気が悪いの?」

「ああ。もう長くは持たないだろうと医者は言っている。今は俺が陛下の代わりに行政を担っている状況だ。あまり時間はない。パティはマイルズ侯爵家の養女ということにする。マイルズ侯爵と共に王城に入る支度をしてきてほしい。その髪色では目立つので、すまないが、また髪を染めてから王城を出てもらえないだろうか?」

「分かった」


 パトリシアは浴室に戻り、髪を染めてから出てきた。

 そうしてマイルズ夫妻と共にパトリシアは王城を出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ