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第3話 出会い

 パトリシアはカスティル王国の隣国、グレース王国のスコット湖に来ていた。

 スコット湖はグレース王国でも指折りの観光名所である。

 パトリシアは目立つ銀髪を茶髪に染めて、宿屋で働いていた。


「パティちゃん、お酒のおかわりちょうだい」

「はーい!」

「パティ、この料理持って行ってちょうだい」


 パティとはパトリシアの子供の頃の愛称で、仮の名前として使っていた。

 パトリシアはカウンターに置かれた料理を持って、カウンターの向こうにいる女将さんに声を掛けた。


「お酒一つ追加」

「はいよ」


 パトリシアは料理をテーブルに運ぶ。


「はい、鶏肉の香草焼き」

「ありがとう。パティちゃん」


 パトリシアはにっこりと笑った。



 営業を終えた食堂で、パトリシアは女将さんと親父さんと一緒に賄いを食べていた。

 茶髪を後ろで縛った女将さんは、ふっくらとした体つきでおおらかな人だった。


「パティ、今日もありがとうね」

「こちらこそだよ、女将さん。宿代の代わりに働かせてくれてありがとう」


 短い茶髪の親父さんは主に料理を担当していて寡黙な人だった。黙々と料理を食べている。

 女将さんは寂しげに言う。


「でも、明日立つんだろう?」

「そのつもり。他にも行ってみたいところもあるし」

「女の子の一人旅だなんて心配だよ。困ったことがあったらいつでも頼りな」

「ありがとう、女将さん」


 パトリシアは嬉しそうに微笑んだ。

 それから、気になっていたことを訪ねる。


「そういえば夕方頃、外が騒がしくなかった?」


 女将さんは軽く頷いた。


「エメリーから視察が来ていたらしいよ。今日は一泊して、明日帰るらしい。村長の家に滞在している」


 エメリーはグレース王国の首都の名前である。

 ちょうどパトリシアも明日からエメリーに向かおうと思っていた。


「お偉いさんの馬車と行き会ったらめんどくさいな。明日はお偉いさんが出てから出発するよ」



 翌日の早朝、パトリシアは湖畔を散歩していた。

 日が昇ったばかりの涼やかな空気の中で伸びをした。

 他国にまで伝わる観光名所なだけあって、美しい湖だった。

 水は透き通っていて、深いところは綺麗な水色をしている。

 正面から黒髪の男性が歩いてくる。

 男性も湖畔を散歩しているようで、湖の方を眺めていた。

 二人はすれ違い、それぞれの滞在先へ戻って行った。



 パトリシアは借りている部屋で身支度を整えていた。

 先ほどまでにぎやかだった外も今では静かになった。

 コンコンと部屋のドアがノックされた。

 パトリシアが出ると、そこにいたのは女将さんだった。


「エメリーからの視察の団体さん、出たみたいだよ」

「わざわざ教えに来てくれたの? ありがとう!」

「支度の方はどうだい?」

「もう終わる。あとで親父さんにも挨拶に行くね」


 パトリシアはそう言ってからドアを閉めた。


 腰に剣を差して、茶色の斜め掛けバッグを肩にかける。


「よし!」


 パトリシアは一階の食堂に下りた。

 朝食の時間帯を終えた食堂は、お茶を飲んでいるお客さんが数人いるくらいだ。

 パトリシアはキッチンに顔を出して、声を掛ける。


「そろそろ出るね。お世話になりました」


 女将さんが茶碗を洗う手を止めて、エプロンで手を拭きながらパトリシアの方へ寄ってきた。


「またね、パティ」


 女将さんはパトリシアを抱きしめた。

 そこに親父さんも寄ってきて、手に持っていた包みをパトリシアに渡す。


「昼にでも食え」


 パトリシアは笑顔を浮かべた。


「ありがとう、親父さん」


 パトリシアは見送りのために宿屋の外まで出てきてくれた女将さんと親父さんに手を振った。



 パトリシアは乗合馬車も考えたが、いい時間帯がなく、天気もいいので隣町まで歩いて行くことにした。

 道の周りは森で、道は馬車がぎりぎりすれ違えるかといった具合の道だった。

 あまり道がよくないので、馬車だとお尻が痛くなりそうだ。


 ――歩きにしてよかったかも。


 パトリシアはそんなことを考えながら歩いていると、人が倒れていた。

 近寄ってみると、剣で切りつけられたようで出血がひどく、すでに事切れていた。

 道の先にも血の跡が残っている。

 木にもたれかかるように座った女性がいた。

 パトリシアはその女性に駆け寄る。


「大丈夫? なにがあったの?」


 そう尋ねながら女性の様子を見ると、腹部からの出血がひどい。

 女性は焦点の合わない目でパトリシアを見て、血に濡れた手を伸ばした。


「あ、あの方を、助けて……」


 パトリシアが躊躇なくその手を取ると、女性はほっとしたような表情を浮かべた。

 パトリシアは女性に尋ねる。


「あの方って誰? どこにいるの?」


 しかし、女性は答えることはなかった。

 パトリシアは女性の力のなくなった手をゆっくりと置いた。

 道の先を見ると、馬車は横転し、人が数人ほど倒れている。

 服装が異なるので、馬車の護衛騎士が盗賊か何かと争ったのだろう。

 とはいえ、襲われたのがエメリーから来た視察団だとしたら、護衛騎士たちは相当の手練れのはずだ。

 それがこの辺りの盗賊ごときにここまでやられるだろうか。

 パトリシアはきな臭さを感じながらも、森へと入った。

 木々に隠れながら進んで行くと、馬車を超えた先で剣のぶつかり合う音が聞こえた。

 いかにも怪しい黒いマントを羽織った人たちが三人がかりで黒髪の男性を襲っていた。

 服装から見ると、黒髪の男性が視察団の人のようだ。

 辺りを見回してみても、他に生きている人はいなさそうである。


 ――あの黒髪の人が、女性が助けてほしいと言っていた人だといいんだけど。


 パトリシアは木々の合間から躍り出た。



 黒髪の男性がじりじりと追い詰められながらも、撃ち込まれた剣を受け止める。

 その横から卑怯にも、もう一人のマントの人が剣を打ち込もうとした。

 それを横目で見ながら黒髪の男性が死を覚悟したその時だった。

 黒髪の男性の目の前に茶髪が揺れた。


「三対一なんて卑怯だな。助太刀するよ、お偉いさん」


 黒髪の男性は目の前にいるマントの男性を押し返した。


「助かる」


 黒髪の男性はそれだけ言って、二人はそれぞれやるべきことをする。

 パトリシアはマントの男性の剣を払い、素早い動きで喉を掻き切った。

 それから、身を翻して、剣を打ち込んできたもう一人のマントの男性の剣を受ける。

 後ろに下がったマントの男性にパトリシアは切りかかったが、受け止められた。

 マントの男性は後ずさりしながら、パトリシアの剣を必死に受けていたが、とうとうバランスを崩した。

 パトリシアはその隙を見逃さずに、マントの男性の胸に剣を突き刺した。

 二人を倒したパトリシアは額に掻いた汗を拭って、黒髪の男性を見た。

 ちょうど最後のひとりのマントの男を倒したところだった。

 黒髪の男性はその場に崩れるように座った。

 パトリシアは黒髪の男性に駆け寄る。


「大丈夫?」


 黒髪の男性は左腕を怪我しているようで、そこを抑えながらパトリシアを見上げた。


「助けていただいて、感謝する」

「いいよ。それよりその腕を見せて」


 パトリシアはバッグから包帯を取り出した。

 黒髪の男性の腕を服の上から縛る。


「とりあえず応急処置だけ。急いでここから離れよう。新手が来たら大変だから」


 パトリシアは立ち上がり、黒髪の男性に手を差し出す。


「立てる?」


 黒髪の男性はパトリシアの手を取って、立ち上がった。

 そして、横転した馬車の方を見て、誰一人として動かないのを悲しげに眺めていた。

 パトリシアは黒髪の男性の右腕を掴んで、森の中へ入っていく。


「隣町まで一本道だから襲われやすい。森の中を行こう」


 黒髪の男性は前を歩くパトリシアに言う。


「俺と一緒にいると危ないぞ」

「乗りかかった船だよ。この後、死なれたら寝覚めが悪いじゃない。エメリーから来たんでしょ? 私もエメリーに向かう途中だったんだ」


 黒髪の男性が立ち止まったので、パトリシアは怪訝そうに振り返る。

 黒髪の男性は頭を下げた。


「ありがとう。エメリーに着いたら、必ずお礼をする」


 パトリシアは笑みを浮かべた。


「今はそういうのいいから……。私はパティ。あなたは何て呼んだらいい?」

「……ラルフと呼んでくれ」


 パトリシアは頷いてから歩き出した。

 ラルフも後ろからちゃんとついて来ているようでパトリシアはほっとする。


 ――なんか厄介なことに首突っ込んじゃったな。


 パトリシアはそんなことを考えたが、気分的には悪くはなかった。

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ヒロインは王妃教育で剣を学んでいて強くとも実戦は初という事になると思われますが 人を殺す事に対する躊躇や殺した事に対する感情が一切無いと高位貴族のお嬢様というより戦争の最前線で人の死が身近だった歴戦の…
2024/11/24 03:10 ボールボーイ
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