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第2話 旅立ち

 後日、ジェームズは王であるテオドロス・ウィリアム・ハリソンに謁見をした。

 テオドロスの執務室で二人きりで話している。

 テオドロスはジェームズに頭を下げた。


「リチャードが迷惑をかけた。パトリシア嬢に傷をつけてしまった」


 ジェームズはテオドロスに真剣な表情で言う。


「婚約破棄はやむなしとしても、国外追放は取り消していただきたい」


 テオドロスは頷く。


「もちろんだ。パトリシア嬢に非はないのだから」


 ジェームズは頭を下げた。


「ありがとうございます、陛下」


 テオドロスは口元に手をやる。


「しかし、これからのパトリシア嬢のことを考えると、余がしてやれることは少ない。国内にいてはリチャードの元婚約者というレッテルがついて回る。国外での婚姻を勧めるが……」


 ジェームズは同意を示した。


「わたしもその方がよいと考えています」

「では、グレース王国の王太子などどうだろうか。我が国としてもグレース王国との繋がりは欲しいところだった。王妃教育も受けているパトリシア嬢にはうってつけの相手だと思うが……」


 ジェームズは思いがけない相手が出てきて目を丸くした。


「グレース王国の王太子と、ですか? うちの娘が?」


 テオドロスは頷いた。


「ちょうどグレース王国では王太子の婚約者を探しているらしい。先日、親書が届いたのだが、余には娘がいないもので残念に思っていた。だが、パトリシア嬢であれば、王太子と年齢も釣り合う。余から紹介しようと思うが、どうだろうか?」


 ジェームズは額に掻いた汗を拭った。

 パトリシアの国外追放の解除だけのつもりで来ていたので、思いがけない提案に汗が止まらない。


「ありがたいお申し出でございます。一度娘とも話したいので、保留にしていただいてもよろしいでしょうか?」

「それもそうだな。パトリシア嬢の希望もあるだろう。一週間以内に回答をもらえるだろうか?」

「承知いたしました」


 ジェームズはテオドロスに頭を下げた。



 ジェームズは家に帰るとすぐにパトリシアを執務室に呼び出した。

 パトリシアは執務室のドアをノックして、部屋に入った。


「お父さま、お呼びでしょうか?」


 ジェームズは立ち上がり、応接の席へと移った。

 向かいの席をパトリシアに勧める。


「座りなさい」


 パトリシアは言われた通りに座った。

 ジェームズは言いづらそうに咳払いをした。


「まずは、国外追放については撤回してもらってきた」


 パトリシアはすごく嫌そうな顔でジェームズを見つめた。


「あー、それから、陛下から新しい縁談の話を頂いてきた」


 パトリシアは水色の瞳を大きく見開き、机を叩いた。


「どうしてそのような話になるのですか? リチャード王太子殿下との婚約が破棄になったばかりなのに!」


 ジェームズは手を前に差し出して、パトリシアに落ち着くように促す。


「まぁ、落ち着いて話を聞きなさい。ちょうど隣国の王太子が婚約者を探しているらしい。その相手にどうかと……」


 パトリシアは頭を抱えた。


「また! 王太子!」


 そう言ったっきり、動かなくなったパトリシアを心配そうにジェームズが覗き込む。


「パトリシア?」


 しばらくパトリシアはそのままの状態だったが、すくっと立ち上がった。


「お父さま、わたくし、旅に出ることにいたします」


 ジェームズはぎょっとして、パトリシアの肩を掴んだ。


「待て、待て。この縁談を断ったら、お前はもう結婚できないぞ」

「人生、結婚がすべてではないでしょう」

「それはそうかもしれないが、わたしはお前の将来が心配なのだ」

「そうおっしゃってくださるのならば、どうか私のわがままを許してください。自由に外国を見て回ってみたいのです」


 水色の瞳に涙を湛えながら言うパトリシアにとうとうジェームズは折れた。


「ならば、護衛騎士を二人連れて行きなさい」


 すんとした顔でパトリシアは言う。


「それは自由とは言いません。どうせお父さまと連絡を取り合うのでしょう。護衛騎士などいなくても、護身術と剣術は王妃教育の一環で仕込まれていますから、その辺のごろつきには負けません」


 ジェームズは頭をがしがしと掻いた。


「ならば、うちで一番強い騎士を倒せたら許そう」


 パトリシアはぱぁっと笑顔を見せた。


「分かりました、お父さま。支度をしてきますね」


 パトシリアは軽やかに部屋を出て行った。

 ジェームズはその後ろ姿を見送って、溜息を吐いた。


「無理に決まっている。王妃教育の一環で学んでいたからといって、騎士を倒せるほどの腕前な訳があるか……」


 ジェームズはそう高を括って、訓練場へと向かった。



 パトリシアは長い銀髪を高い位置で括り、白シャツ、短パンを着て、ニーハイとブーツを履いた姿で訓練場に現れた。腰には細身の剣を差している。

 ジェームズは呆れた顔でパトリシアを見た。


「その格好、いつの間に用意したのだ」


 パトリシアはどや顔で言う。


「国外追放を言い渡された後に、街で買いました。ドレス姿で旅に出るわけにはいかないでしょう。どうですか? 似合っていますか?」


 パトリシアはくるりと一回転した。

 ジェームズは溜息を吐いて、ひとりの大柄の騎士に前に出るように言った。


「我がブラッドリー公爵家の騎士団長のジョンだ。ジョンに勝てたらお前の好きにしていい」


 パトリシアは笑みを浮かべて剣を抜いた。


「お父さま。そのお約束、取り消しはなしですよ?」


 ジョンも剣を抜いた。


「パトリシアお嬢さまに剣を向けるなど、本来ならば断わるところ……。しかし、閣下から話は聞きました。一人旅はいけません!」


 パトリシアとジョンは剣を構え、向かい合った。

 ジェームズが二人を慌てて止める。


「待て、待て。誰が真剣でやると言った。パトリシアに傷がついたら困る。木刀にしなさい」


 見習い騎士が二人に木刀を渡した。

 再び木刀に持ち替えたパトリシアとジョンは向かい合った。

 ジェームズが宣言する。


「試合開始!」


 先に動いたのはジョンだった。

 ジョンが木刀を振り下ろすと、パトリシアはそれを受け止める。

 それを見ていた騎士たちが感心したような声を上げた。

 ジョンはパトリシアに打ち込み続け、パトリシアは防戦一方だった。

 それを見ていたジェームズはこの様子ではパトリシアに勝ち目はないと踏んで、満足そうに頷いた。

 しかし、ジョンの一瞬の隙をついて、パトリシアは攻撃を仕掛けた。

 ジョンの喉元に木刀を突き付ける。

 のけぞったジョンは絞り出すように言った。


「……参りました」


 騎士たちがパトリシアの剣技に感嘆の声を漏らした。

 一方、ジェームズは目が飛び出しそうなほど驚いている。


「待て、待て。ジョン、手加減しただろう?」


 パトリシアはジェームズに向かって不機嫌そうな顔を向けた。


「お父さま、言いがかりをつけるおつもりですか?」


 ジョンもジェームズに申し訳なさそうにしながら言う。


「最初は手を抜きましたが、後半は本気でした。まさかお嬢さまがこんなにお強いなんて……」


 パトリシアは笑みを浮かべた。


「王立騎士団長直々に仕込んでいただきました。十三歳の頃には、騎士団長から王妃ではなく、剣聖を目指せばいいのに、というお言葉も頂いております」


 ジェームズはそれを聞いて唖然とした。


「聞いていないぞ。そんな話……」


 パトリシアはすんとした顔をジェームズに向ける。


「なぜ家に帰ってまで、王妃教育の話をしなければならないのですか? 仕事とプライベートは分ける主義なのです」


 ジェームズは額に手を当てて、溜息を吐いた。


「……分かった。もう好きにしたらいい……」


 パトリシアはそれを聞いて飛び跳ねて喜んだ。


「やったわ! これで晴れて自由の身! 王妃教育も捨てたものではありませんね」

「そもそも王妃教育の剣術などおままごとに過ぎぬはず……」

「王妃教育の中で一番楽しかったのは剣術と護身術でした」


 ジェームズは溜息を吐いた。



 数日後、パトリシアは試合の時と同じ出で立ちで、茶色い斜め掛けバッグ一つだけ持ってブラッドリー公爵邸の玄関を出た。

 父親のジェームズと、母親のアニーが見送りに出てきた。

 アニーは盛大な溜息を吐く。


「旦那様が変な約束をするから……」


 そう言われたジェームズは居心地が悪そうに頭を掻いた。そして、パトリシアに言う。


「定期的に手紙は書くように。無事だけは知らせるように」


 パトリシアは満面の笑みで頷く。


「ええ、お父さま。承知しました」


 アニーはパトリシアを抱きしめる。


「気をつけて行くのですよ」


 パトリシアもアニーの背中に手を回した。


「はい。お母さま。それでは行ってきます」


 パトリシアは笑顔で手を振って、ブラッドリー公爵邸から旅立った。

 それを見送ったジェームズはひとりごちる。


「はぁ。陛下になんと言って縁談を断ったらいいのだ……」


 それにアニーが答えた。


「正直におっしゃったらいいではありませんか。あなたのばか息子が婚約破棄などしてくれたおかげで、大事な一人娘が旅に出てしまったと」


 アニーはリチャードがしたことをすごく根に持っていた。

 未だに怒りは収まらないらしく、その話になると普段穏やかなアニーが豹変したように辛口になる。


「そんなこと言えるか……」


 ジェームズは最近ずっと禿げそうな勢いで頭を掻いていた。

 ジェームズの気苦労は当分続きそうである。

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