第11話 王位継承
三か月後、王太子であるラルフの戴冠式の日がやってきた。
神の祝福を受けたような晴天の日だった。
謁見の間では主要貴族たちがラルフの戴冠の儀を見守っていた。
王であるダニエルは、もう一人で立つことができなくなっていたが、最後の仕事だと無理を押して、椅子に座った状態で戴冠式に臨んでいた。
ダニエルは跪いたラルフの頭に王冠を被せる。
ラルフは立ち上がって謁見の間を見渡し、手に持っていた杖を掲げて宣言をする。
「余が王である。国を愛し、国民に慈悲の心を持って接すると誓おう!」
貴族たちはグレース王国の新国王に跪く。
「ラルフ・アルバート・クラーク国王陛下に忠誠を!」
戴冠式後は他国の来賓を含めた新国王のお披露目パーティが開かれた。
ラルフはパトリシアを連れて参加した。
パトリシアはオレンジの華やかなドレスを着て、銀の髪はサイドでまとめている。
次から次へとやってくる来賓の挨拶にラルフは追われていた。
「グレース王国、国王陛下」
そう背後から呼びかけられて、ラルフは振り返った。
「カスティル王国、王太子殿下。遠路はるばるよく来てくれた」
ワイングラスを片手にラルフに声を掛けたカスティル王国の王太子リチャードは、婚約者となったアンナを連れていた。
たしかリチャードの婚約者は銀髪の公爵令嬢だったはずだと、不思議に思ったラルフは尋ねる。
「記憶違いだったら申し訳ないが、そちらの女性とお会いするのは、はじめてだっただろうか?」
リチャードは頷く。
「はい。ご紹介させていただきます。わたしの新しい婚約者のアンナ・バークです」
アンナはラルフにお辞儀をする。
ラルフも一礼を返した。
そして、こそこそとその場を離れようとしているパトリシアに気がついて腕を取った。
「パトリシア、どうかしたのか?」
パトリシアは観念したように振り返り、リチャードとアンナにお辞儀をした。
「お久しぶりでございます。リチャード王太子殿下、アンナ様」
リチャードは緑の瞳をいっぱいに見開いた。
「お前、何でここにいる!」
パトリシアはすんとした顔でリチャードに言う。
「リチャード王太子殿下には関係のないことでしょう」
アンナはパトリシアに縋りついて泣き出した。
「パトリシア様! ずっとお会いしたかったです! 家に引きこもって出てきてくださらないと思ったら、こんなところにいたんですね」
パトリシアは困惑した顔で縋りつくアンナを見た。
「ええ? 私、家に引きこもっていることになっているの? なんで私に会いたかったの?」
アンナは茶色の瞳に涙を湛えて言った。
「マダムキャサリンは厳しすぎます! わたし、もう耐えられません。戻ってきてください、パトリシア様! リチャード王太子殿下はお返ししますから」
「返品不可だよ。真実の愛なら最後まで貫いてよ」
「わたしはそんなこと言っていません!」
パトリシアとアンナとでリチャードの押し付け合いがはじまった。
リチャードはショックを受けたようにそれを眺めている。
ラルフはそんなリチャードに尋ねる。
「パトリシアと知り合いなのか?」
「え? ええ、元婚約者でブラッドリー公爵家の公爵令嬢……」
「ああ! 言わないで!」
リチャードがパトリシアの正体を明かそうとしていることに気がついて、口止めをしようとしたが間に合わなかった。
ラルフはそれを聞いて顎に手をやる。
「まさかパトリシア・ブラッドリー公爵令嬢、本人だったとは……」
パトリシアは顔に手をやり、溜息を吐いた。
リチャードはパトリシアに尋ねる。
「なんだ? 身分を明かしていなかったのか?」
パトリシアは迷惑そうな目でリチャードを見た。
「そうですよ。明かすつもりなかったのに……」
アンナは未だにパトリシアに縋りついて懇願している。
「うわーん。パトリシア様、一緒にカスティル王国に戻ってください!」
パトリシアはそれにも迷惑そうな顔をしていた。
「しつこいなぁ。戻らないって言っているじゃん……」
ラルフがパトリシアを抱き寄せて、肩を抱いた。
パトリシアは驚いてラルフを見上げる。
「俺の婚約者殿を連れていかれは困るな」
パトリシアは更に驚いて水色の瞳を見開いた。
リチャードとアンナも驚いている。
リチャードはおそるおそる尋ねた。
「パトリシアがグレース王国、国王陛下の婚約者ですか?」
「そうだ」
ラルフはそう言って、笑顔を浮かべた。
そして、続けて言う。
「私用ができたので、俺とパトリシアはこれで失礼する」
ラルフはパトリシアを連れて去っていく。
残されたリチャードとアンナはぽかんとした顔でそれを見送った。
会場を後にして、ラルフとパトリシアは夜の帳が下りた庭園へと赴いた。
パトリシアは困惑したように言った。
「ラルフ、あんなことリチャード王太子殿下に言ったら、お父さまの耳に入っちゃう」
ラルフはパトリシアと向き合った。
「本当にカスティル王国の氷姫、パトリシア・ブラッドリーなのだな」
パトリシアはそれにバツが悪そうに答えた。
「……そうだよ」
「そうか」
パトリシアはそっけないラルフを見上げ、不思議そうに首を横に傾げる。
「それだけ? 何も聞かないの?」
「前に過去のことは聞かれたくないと言っていただろう。俺はパティが話すまで待つと言った」
パトリシアは呆れたような表情をする。
「律儀だねぇ。まぁ、いいや。隠しておきたかったのは公爵令嬢だってことだったし、話すよ」
パトリシアはひとつ息を吐いてから、話を続けた。
「リチャード王太子殿下に婚約破棄をされたんだ。それで、晴れて自由の身になった私は、旅に出ることにした。それだけだよ」
ラルフはそれを聞いて苦笑する。
「また思い切ったことをしたものだ。よくお父上が許したな」
パトリシアは笑顔をラルフに向けた。
「お父さまが家で一番強い騎士を倒したらいいと言ったんだ。だから、倒してここにきた」
「パティらしいな。君が来てくれたから、俺は命を救われ、俺たちは出会うことができた。旅に出るのを許してくれたお父上には感謝しなければならないな」
パトリシアとラルフはお互いに笑った。
「それでは、今はパティには婚約者はいないと言うことか?」
「いないはずだけど……」
それを聞いたラルフはパトリシアに跪く。
「パトリシア・ブラッドリー公爵令嬢、俺と正式に婚約をしてくれないだろうか?」
パトリシアはその申し出に戸惑いを見せた。
「……王太子との婚約にはトラウマしかないんだよ」
「俺はもう国王だ」
「そういうことじゃなくて……」
ラルフはパトリシアの手を取る。
「俺はもうパティと離れることは考えられない。海が見たいと言うのなら、俺と一緒に見に行こう。他にも行きたい場所があるなら、俺がパティを連れていきたい」
ラルフはパトリシアに懇願するような瞳を向けた。
パトリシアは柔らかく微笑んで、そっとラルフの顔に両手を添える。
「私は、ラルフのその瞳に弱いんだ」
パトリシアはスカートの裾を持って綺麗なお辞儀をした。
「ラルフ・アルバート・クラーク国王陛下、そのお申し出、謹んでお受けいたします」
ラルフは立ち上がり、パトリシアの腰を持って抱き上げた。
パトリシアは水色の瞳を大きく開き、ラルフの肩に手を置く。
「わぁ!」
ラルフはパトリシアに嬉しそうな笑みを向けている。
「ありがとう、パティ! ずっと一緒にいよう」
ラルフはパトリシアを下ろすと抱きしめた。
パトリシアは水色の瞳を閉じて、ラルフの背に手を回した。
「うん、ずっと一緒にいよう。ラルフ」