第10話 首謀者
首謀者が判明した翌日、パトリシアは一つの部屋のドアをノックする。
どうぞと返事が聞こえて、パトリシアは室内に入った。
そこにいたのは王妃のマーシャだった。
マーシャは四人掛けの机の席に腰かけていて、パトリシアに席を勧める。
パトリシアはお辞儀をしてから挨拶をした。
「急なお申し出に、快く承諾してくださって感謝いたします」
パトリシアはそう言ってから席に着いた。
侍女がお茶を入れてくれるが、パトリシアはそれには口をつけなかった。
「お話がございます。人払いをお願いできますでしょうか?」
マーシャは侍女に部屋を出るように言った。
「これでいいかしら? それでお話とはなにかしら?」
「これをお返しに参りました」
パトリシアは机の上に刺客の男性が使っていた短剣を置く。
それをマーシャは冷ややかな目で見た。
「これはなにかしら?」
「ラルフ王太子殿下を暗殺しようとしていたのは、王妃殿下ですね?」
マーシャは冷ややかな目を今度はパトリシアに向けた。
「どういうことかしら?」
「昨日、わたくしは自室で賊に襲われました。そして、その賊から首謀者の名前を聞き出すことに成功しました。功を焦りましたね、王妃殿下。直接賊に命を下すだなんて……。今まで慎重に事を進めてきたあなたらしくない」
マーシャは深く息を吸った。
「……まさか失敗するとは思わなかったのですよ。毒で死にかけている令嬢を殺すなんて簡単な仕事」
パトリシアは悲しげな表情で尋ねた。
「どうしてあなたが、ラルフ王太子殿下を殺そうとするのですか? あんなに気遣っていらしたのに……」
マーシャは短剣を焦点の合わない瞳で見つめながら言った。
「ジェイミーのためですよ。わたくしがなかなか子を成せなかったばかりに、あの子は第二王子になってしまった。正妃の子でありながら王太子になれなかった。わたくしのせいで、あの子は……」
マーシャは顔を覆って涙を流した。
パトリシアはマーシャにゆっくりと話しかけた。
「あなたは言っていたじゃないですか。陛下の御子はみんな自分の子だと。この事実を知ったラルフ王太子殿下はあなたに裏切られていたと知り、大変ショックを受けていらっしゃいます。涙を流して、なにかの間違いだと、今でもあなたを信じておいでです。あなたのしてきたすべてが嘘ではないことをどうか証明して差し上げてください」
マーシャは嗚咽を漏らして泣いた。
パトリシアはマーシャにお辞儀をして、部屋を出た。
部屋を出たところに騎士のポールが待機していて、パトリシアは力なく頷いた。
ポールはマーシャの部屋に入り、マーシャを拘束した。
それを見届けて、パトリシアはラルフの部屋に戻った。
昼間だと言うのにカーテンは閉じられていて、薄暗い部屋の中でテーブルに俯せているラルフの頭をパトリシアは撫でた。
ラルフはピクリとしたが、払うことはしなかった。
「終わったよ。全部」
ラルフは掠れた声で言う。
「やはり義母上だったのか?」
パトリシアは答えられなくて、ただラルフの髪を撫で続けた。
その日の夕方、ラルフとパトリシアは王のダニエル・アラン・クラークに呼ばれた。
ダニエルはベッドで上体を起こした状態で二人を迎え入れた。
「パトリシア嬢、このような状態で申し訳ない」
「いいえ、陛下。お初にお目にかかります。パトリシア・マイルズと申します」
ダニエルは何度か咳をした後、深い呼吸をしてから話し出す。
「今までのラルフの暗殺未遂について、マーシャがすべて自白したと聞いた」
ラルフは押し黙ったままそれを聞いている。
ダニエルはラルフに視線をやった。
「マーシャはジェイミーと共に離宮へ移すこととする。処分はそれでいいな? ラルフ」
ラルフは小さく頷いた。
「陛下の御心のままに」
ダニエルも頷いた。
「それから、王位をお前に譲ることにする」
ラルフは驚いた顔でダニエルを見た。
「陛下、それは……」
「余はもう国民の前に立つことはできない。それはお前も分かっていることだろう。お前に婚約者も見つかった。もう思い残すことはない……」
ダニエルは咳をして、また深い呼吸をした。
「次の王はお前だ、ラルフ。しっかりと国民を守るのだぞ。それから、パトリシア嬢、ラルフのことを頼みます」
ダニエルは小さく頭を下げた。
パトリシアは何も言えずに頷くことしかできなかった。
二人はダニエルの部屋を出た後、ラルフは執務室へと向かって行った。
ダニエルから託された仕事をしに行ったのだ。
パトリシアはひとり庭園へと向かい、ベンチに腰掛けた。
――なんだかもやもやする。すべて終わったのに、すっきりしない。
ラルフから受けた依頼は終わった。
いつでも旅立てるというのに、うしろ髪を引かれる思いがする。
――ラルフをこのままひとりにしていいのかなぁ。
パトリシアは溜息を吐いた。
しばらくそうして悩んでいると、隣にラルフが来て座った。
「部屋に戻ろうとしたら、パティがいるのが見えた」
「そっか……」
二人は黙ったまま、夕日を眺めていた。
ラルフが口を開いた。
「俺の戴冠式を三か月後に行うことになった。それまで、ここにいてくれないだろうか?」
パトリシアはラルフの顔を見る。
黒い瞳が懇願している。
――その目に弱いんだって……。とはいえ、私もその頃にはこのもやもやも晴れているかな。
「いいよ。ラルフが王様になったところ見たいしね」
パトリシアはにっこりと笑った。
ラルフはパトリシアの笑顔につられるように笑顔を見せた。
それから一週間後、ジェイミーが離宮へ移される日が来た。
マーシャはすでに離宮に送られており、ジェイミーはその後を追う形で出発する。
パトリシアとラルフは見送りに王城の前まで出てきていた。
ジェイミーは幼いながらも覚悟を決めた瞳でラルフを見上げる。
「兄上、すぐに会えなくなるのは寂しいですが、お元気で」
ラルフは腰を折ってジェイミーの目線に合わせる。
「ジェイも、な。義母上を頼む」
「はい!」
ジェイミーは馬車に乗って、パトリシアとラルフに手を振っていた。
パトリシアもジェイミーに手を振る。
ラルフはジェイミーの乗った馬車が見えなくなっても、しばらくその場から動かなかった。