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仲介犯

作者: 雉白書屋

 とある家。帰宅した男がリビングに入ったその瞬間、室内に電話が鳴り響いた。

 男はビクッとして背筋が伸びあがった。そして、おそるおそる受話器を手に取る。


「もしもし……」


『……おたくの子供は預かった』


「え……」


『無事に返してほしければ600万円を用意し、こちらが指定した場所に置くんだ。もちろん警察には言うな』


「あ、あの」


『なんだ』


「その、ちょっと確認してきてもいいですか? 今、部屋で寝てるはずなんですけど……」


『……まあ、いいだろう。だが、そんなことを言って、警察に通報するつもりなら覚悟しておくんだな』


「そんなことはしないですよ。すぐですので、じゃあ……」


『ああ』


「…………あの」


『どうだった』


「いませんでした」


『当然だ。あんたが留守の間に家に忍び込こんで、子供を攫ったんだからな。眠っていたのは好都合だった』


「それで、その、子供の声を聞かせて貰えたりは……」


『あー……それは駄目だ』


「え、そんな。お願いしますよ」


『いや、駄目だ。さっき、そちらの言うとおりに待ってやったんだ。あまり調子に乗らないことだな』


「それはまあ、そうなんですけど、でも、子供が無事かどうか確認しないことには……まさか殺したり……」


『そ、そんなことはしない!』


「じゃあ……」


『んー……』


「あの、声を」


『……実は、ここにはいないんだ』


「はい? え? はい?」


『ちょっと目を離した隙に誘拐されたようで、その、さっき電話があった』


「え、それって誘拐犯から?」


『そうだ……500万円を要求されている』


「え……ん、いやちょっと儲けようとしてません? さっき、こっちには600万円って」


『手数料だ』


「いや、それで納得できませんよ。その誘拐犯と直接話をさせてくださいよ」


『おい、下請けを飛び越えて取引するつもりか。それはルール違反だろう』


「下請けじゃないでしょうが」


『そうだった。だがとにかく、金を用意するんだ。いいな』


「嫌ですよ。中抜きするんでしょ? 一旦、そちらが解決してから電話くださいよ」


『いや、無理だ。500万なんて持ってない。……あ、こうしよう。そちらが500万円を指定された場所に置くんだ』


「で、子供はそっちに返ると……駄目じゃないですか!」


『まあ待て。その後で、そちらの100万円と子供を交換するんだ』


「だから駄目ですってば! なに利益得ようとしてるんですか!」


『わかったよ。じゃあ50万円でいいよ』


「嫌ですってば」


『じゃあ30万』


「値引き交渉してるんじゃないんですよ」


『しかし、そちらが金を用意し、こちらが仲介しなければ子供が返ってこないのは動かない事実だ』


「もう仲介に徹するんですね」


『ああ、誘拐仲介犯だ』


「そんな言葉聞いたことありませんよ……」


『愉快痛快みたいだな』


「は?」


『……とにかく、頼んだ。場所は――』


 と、慌ただしく金の置き場所を言った相手は電話を切り、彼はツー、ツー、と虚しく鳴る受話器を戻し、ため息をついた。そのまま天井を見上げたり、部屋の中ウロウロと歩き回るなどして、しばらく時間が経つとまた電話がかかってきた。


「もしもし……」


『ああ、俺だ』


「あの、まだお金の用意はできてないんですけど……」


『ああ、それはちょうどよかった』


「と、言いますと……?」


『……申し上げにくいんだが、800万に値上げした』


「え、値上げしたって、え、した? まさか……」


『ああ、先方からの要求だ……すまないと思ってる』


「話が違うじゃないですか! ただでさえ、600万円なんて大金を聞いて頭を悩ませているのに! 何とかならなかったんですか!?」


『ああ、だから悪いとは思っている……』


「交渉とかもっと方法があったでしょう。どうせ皺寄せはこっちに来ると思って、はいはい言って媚びへつらってたんじゃないですかぁ?」


『そんな言い方しないでくれよ……』


「ふん、そんな声を出して同情を買おうたって無理ですよ。実際そちらの負担はないんでしょう?」


『そこを言われちゃうと困っちゃうなぁ……まあ、どうかここは一つ……』


「まあ?」


『あ、いや。その大切なお子さんのために、なにとぞ、とぞとぞ……』


「はぁ……子供を持ち出せば何とかなると思ってるんですかぁ!?」


『ひい、すみません……でも他にどうすることもできなくて……』


「ちっ、あなたと話してもどうしようもないか。はぁ、仕方ありませんねぇ……でも、そちらももっと努力してくださいよ」


『ああ、もう、それはもう、はい……いくらかはその、割引も考えるので……』


「ま、期待はしないでおきますよ。それじゃあ切りますよ。こちらはおたくと違って忙しいので。金策に走らなければならないんでね!」


『はい、すみません。失礼します……』


 電話を切った男は上着を羽織り、家を出た。向かった場所は公衆電話。


「……あー、もしもし? さっき、おたくの子供を誘拐したと電話した者なんだけどね、金額の変更があって、900万円を用意して欲しくてね、え? いや、まあ、そういった時代といいますか、ほら、不景気ですよね。倒産する企業も増えていますし、値上げも仕方ないという状況で、でもだからこそ、お互い頑張りましょうというか、支え合っていきたいと思っているんですよぉ。ええ、はい、こちらもねぇ、つらいんですよぉ……」

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