エピソード2:塩分を求める死者 / 1
「彼女」と和茶の出会いは、唐突と言えば唐突、必然と言えば必然だった。ある日の夕方、和茶の部屋の扉をノックする音がした。和茶の部屋を訪れるのは、親友の相葉か、大家の嶺想寺か、上の階の咲田、その3人くらいか、新聞のセールスくらいだった。今日もそのうちの誰かがやって来たのだろう、と、和茶は玄関の扉を開けた。
「はーい、はいはい。新聞ならお断りーッスよ」
「あらやだ、誰か確認しないで扉を開けちゃ駄目よ、物騒だから」
「……どちら様で?」
「ほら、こうなるから駄目なの!」
その女性は、ハニーブラウンの髪を後頭部で結い上げた、一言で言うと「美人なお姉さん」だった。和茶よりは年上だろうが、年齢は分からない。女性に年齢を聞くのも失礼だし、そもそも、和茶は対応に困った。誰、この人。それが一番の疑問。お姉さんは和茶の様子を見て、呆れた様子だった。和茶の不用心さに呆れたのだ。お姉さんは言う。
「えーっと、飯山君だっけ?いくらここが天然のお化け屋敷でも、警戒心は人並み以上に持たなきゃ駄目よ?」
「……あのー、どちら様で?」
「隣りの遠藤です!あたし、婚約者の柴田さんと同棲してるの」
……どっちだ。生者か、死者か。和茶の脳はフル回転し始めた。この遠藤さんは生者か、死者か。遠藤さんの婚約者だという「柴田さん」は生者か、死者か。こんなことなら、嶺想寺に隣室の住人の情報をもらっておくんだった。猛烈な勢いで己を責めながら、和茶は思い切って聞いてみることにした。あなたは死んでいますか?生きていますか?
その質問に対し、お姉さんは悪戯に笑った。さぁて、どちらかしら?と。そして、醤油の小瓶を和茶に突き付けた。──この小瓶いっぱいのお醤油を分けてくれたら、教えてあげる。和茶にNOと言う選択肢は無く、すぐにキッチンから醤油瓶を持ってきた。お姉さんは満足げに、うちと同じメーカーの物ね、と微笑んだ。