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第38話 今の婚約者

どこにいるかも分からないがアスーナは興味深いと感じた。特に『ござる』という語尾が聞いたことがないため相当遠い国の者だと思った。ただ、ハラドは知っていたようだ。



「バニア嬢、もしやチャンバーラ王国の戦士ではないか? 独特な語尾からして他に考えられないんだが?」


「!?」


「まあ、ハラド様はご存知で?」


「まあ、少しな。公爵家の一人として聞いたことがあるんだ。詳しいことは言えないけどね」


(うちの『陰』もその国の戦士だからな。『サムライ』、『ブシ』と呼ばれる類のようだけど……)



ハラドが知っているのは当然なのだ。何しろ自分とアスーナにつけている『陰』もチャンバーラ王国の戦士なのだから。だが、それを口にするわけにもいかない。



(チャンバーラ王国の戦士は派閥の違いが激しい。迂闊に過去の所属を言うわけにもいかない。向こうもそう思ってるだろうな)



チャンバーラ王国は過去に内乱が激しく、派閥違いで戦士が争い合うとハラドは知っていた。それだけにバニアが『陰』の名前を口にするのはいかがなものかと思ったほどだ。



「バニア嬢、カリブラを静かにしてくれたこと感謝する。あの男は教師に任せて三人で教室に向かおう」


「ふふふ、そうですね。典型的な馬鹿カップルのせいで無駄な時間を過ごしたくありませんもの」



そう言ってバニアは未だに寝ているカリブラを睨む。眠っているカリブラは男性教師に嫌そうに運ばれているところだった。あまりの情けない姿に他の生徒の視線が集中する。つまり、カリブラは再び嘲笑の的になったわけだ。しかも、以前とニュアンスが違う。



「あらら、あの男また笑い者ね」


「自業自得だな。学園でわざわざこんな話をするからだ」



ハラドもバニアも笑っているが、アスーナは少し険しい顔だった。



(ここまで恥をさらされるとなると、カリブラ様は最悪の行動に出るかも。自業自得だけど無駄にプライドが高くて幼稚で負けず嫌いだし……)



最悪の行動。貴族が考えるうえで、カリブラが考えそうなことで最悪の行動。それは、自分のプライドを傷つけた者全てに復讐することだ。それも何倍にも返して。



(流石に命まで脅かすかもしれないというのは考えすぎかしら……元婚約者とは言え、幼い頃の顔なじみだし……でもハラド様とバニアは……)



カリブラからすればハラドとバニアは他人も同然、しかも敵意すらあるくらいだ。アスーナの推測が正しければ、カリブラの視点でハラドは『自分の女を奪った男』と見えているだろう。バニアも『邪魔をする女』と見えている可能性が高い。たった今、本人は寝てるがとんでもない恥をかかされたのだから。



(……とても何事もないなんて思えない。早いうちに対策をしなくちゃ!)



アスーナは元婚約者に非情になる決意を固めた。それ以上に今そばにいる大事な婚約者と親友を守るために。そして、それは今の婚約者の方も同じだった。



「アスーナ、今君が考えていることはだいたい分かるよ」


「ハラド様……」


「俺もカリブラがこのままでいるとは思えない。だから、一緒に対策をしよう」


「はい!」



アスーナはハラドが本当に頼もしく思えた。婚約者をこれほど誇らしく思うのは初めてだった。


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