第37話 豹変する
「だから多分大丈夫だよ。いざとなれば俺が出るから」
「そ、そういうことでは……」
バニアが危険な目に遭うのは嫌だが、だからといってハラドにも害が及ぶことは望まないアスーナ。しかし、アスーナの気持ちは杞憂に終わるようだった。
それを確信したのは、カリブラが怒りに任せてバニアに距離を詰めようとした時だった。
「お前、この僕を何……だ、と……?」
「カリブラ様!?」
「え!?」
話の途中でバニアに迫ろうとしたカリブラが膝から崩れ落ちて倒れてしまった。そして、そのまま意識を失ってしまったのだ。アスーナは倒れたカリブラに困惑するが、ソルティアはそれ以上にパニックになっていた。
「ど、どうしたのよ!? なんで急に倒れるのよ!?」
「何をされているのです! ソルティア様!」
「――っ!? えっ!? 何、何なの!?」
「バニア!?」
突然倒れてしまった婚約者にソルティアは動揺するが、ここでバニアが煽る口調を止めて真剣なものに変えて叫ぶ。アスーナも親友の豹変に驚くがハラドがそっとその肩を掴む。
「アスーナ、何もしなくていいよ。カリブラは寝てるだけのようだ」
「ハラド様……?」
「俺達は静かに見守ればいい。すぐに分かる」
「――?」
ハラドがそう言うので、アスーナは言われた通り見守ることにした。その間にも、バニアの普段聞かない険しい声が響く。
「貴女は急いで教師の方を呼んでカリブラ様を見てもらいなさい!」
「え!? そ、そんなの……」
「さあ早く! 婚約者の責務を全うしないと悪評が広がりますわよ!」
「な、何よそれ!? そんなの知らない知らない! 私のせいじゃないもん!」
「貴女は婚約者なのでしょう! 知らないでは済まされませんよ!」
「そんなこと言ったって知らないものは知らないわよ! そっちでなんとかしてよ!」
ソルティアは激しく首を横に振って、カリブラを置いてその場から走り去ってしまった。その場に残されたアスーナは呆然とするが、バニアは心底呆れた様子でソルティアが走り去った後を眺めた。
「呆れた。仮にも婚約者でしょうに。ガット、ちょっと誰か教師を呼んで貰える?」
「……そうせずともよいでしょう。バニアお嬢様」
「?」
「やはりな……」
豹変したバニアがいつも通りに戻ると、どこからか壮年の男の声が聞こえてきた。バニアを『お嬢様』と呼ぶあたり、バニアの配下の者のようだがそれらしい姿は見えない。
「バニア、誰と話してるの?」
「あ、そっか。アスーナにもまだ紹介してなかったね。私の『陰』」
「バニアの『陰』?」
「うん。東の国で『ニンジャ』とか『シノビ』とか言われてる類の仕事をしてて、私のお父様が見つけて雇ったの。そうよね、ガット?」
「……さようでござる」
バニアが声をかけると、またもやどこからか野太い声が聞こえてくる。姿は見えないし気配すら感じないが声だけは聞こえてくるのだ。
「先日の自信の理由はそういうことだったのね」
「私の家は名門。だからこそ敵も多いのよ。だから代々何かしらの護衛がいるのよ。私についてるガットは異国の人だけど頼もしいの」
「……もったいのうござる」
(ござる?)




