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夕陽竜 泳ぐ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 はあ~、今日は絵になるくらいに見事な夕焼け空じゃないですか? 先輩。

 ああも地平線に、ぷっかり暮れかけの陽が乗っかるのが見られるなんて。なんだかおいしそうなものに見えません? こうね、カップによそったばかりのアイスのような。

 う~ん、あれは無難にイチゴあたりですか? インパクト足りないかなあ…ベリー? 紅いも? それともヴァンパイアスナック?


 ……ちょっとお、なんです先輩? ヴァンパイアスナックがそんなにおかしかったんですか?

 ありますよ~ヴァンパイアスナック! 血のように赤―いペーストと、白い肌を思わせるバニラアイスとの組み合わせ。そのソースの甘くて赤いことといったら、もう……。

 今度アイス屋さんに行くことがあったら、お見せしますからね。いまから謝罪会見の原稿でも考えていた方がいいですよ~。


 ――メディアを前にしない謝りは謝罪会見足りえない?


 ぶーぶー、屁理屈ですよ、それはあ。

 首を洗って待っていろだなんて物騒だから、後輩なりに穏便な言葉遣いしたつもりなんですけどねえ。マジマジのマジもんですからね、ヴァンパイアスナック。


 はあ~、想像したらまたお腹が減ってきちゃいましたよ。あの夕陽も、ぱくんと口へ入れられたらいいんですけどねえ。夕陽竜みたいに。

 え? 先輩、夕陽竜をご存じないんですか?

 うーん、私の家でだけ伝わっているんでしょうかね~。そうだなあ、ヴァンパイアスナックおごってくれたら、お話してあげなくもないんだけどな~。チラッ、チラッ。

 ふっふー、さすが先輩、太っ腹~。

 ではでは、お話しちゃいましょうかね。



 夕陽に竜が泳ぐとき、くれないお肉をがぶりんちょ。その背にたそがれ引き寄せて、夜の中へと隠れいく。

 私が小さいころに、親から聞いた言葉ですね。「がぶりんちょ」というのが、子供ながらに印象に残った擬音語なんで、そのまま覚えています。

 親いわく、雲一つない空へ赤々と燃える夕陽が沈んでいくとき、不意にその身を両断するような位置に灰色の筋が立ち込めることがあるんです。

 煙のごとく緩やかに身をくゆらせながら、夕陽を二分していくその影こそが、夕陽竜。

 この竜が横切っていくとき、その背には様々なものが乗せられていると聞きます。

 人や動物といった形あるものから気持ちや魂などの形のないものまで。あの竜は通りかかった夕陽の肉をがぶりんちょといただいて、彼らのためのぬくもりを用意するのだといいます。


 しかし、この夕陽竜。実は生きている者が乗ってしまうのは、まずいことらしいんですよね。

 というのも、形あるものとないものとの同席は、お寺などの神域、聖域と呼ばれる場所以外だとおおむね良からぬことを招きます。

 先輩も、何気なく過ごしていて急に鳥肌が立つような寒気に襲われたこと、ありませんか? 

 風邪の兆候とも取れますが、悪い気がそばを通った、あるいは身体の中へ入り込もうとした結果といえるらしいんですよ。

 それが夕陽竜の背の上ともなれば、共にする時間も長く、逃げ場もありません。徹底して避けるべき場というわけです。


 ――そんな怪しい竜が身近にやってきたことなど、ありはしない?


 はい、そう思われるのも無理はありません。

 なにせ、夕陽竜はそうと感知されずに相手を背中に乗せるのですから。

 人間、無防備をさらすときといえば、いつですか? そう寝る時ですね。

 聞いたことはありませんか? 昼寝を長くするのはよくないと。あるいは時間が夜に差し掛かるあたりに寝入るのはよくないと。

 多くは、夜の眠りに差しさわりがあるから、と言われるでしょう。それは確かにその通り。

 けれども、それは夕陽竜にさらわれる恐れがあるゆえのことでもあるんです。



 私もこれまでに一度だけ、夕陽竜に乗ってしまったことがありました。

 運動会の直後でしたっけね。その日はたまたま親が用事で、学校から戻った私がしばし一人で留守居しなくてはいけなくなって。

 対応はしなくていいといわれたから、家に鍵かけてソファへごろん。着替えることもしないまま、うとうとまどろんでしまったんですね。


 ふと、身体に受ける西日が強まった気がしました。体そのものも、そうと意識していないのに、上下へうねるような感触を受けています。

 目を開こうとしたのですが、異様にまぶたが重く感じられましてね。満足にあたりが見えませんでした。

 ただ自分が横たわるのが、ソファのシーツではなく硬質なウロコのようなもの。

 そこより脇は、見慣れた家のじゅうたんではなく、白々した雲海であること。

 そして西側に見る景色は、あまりに近くて壁のようにそそり立つ夕陽の姿があることが分かったんです。

 身を動かすことはできません。起き上がることもかないません。まるで縫い付けられたかのように、ウロコから身体を離すことができずにいたんです。



 これほどまでに、夕陽を間近で見たことはありませんでした。

 いつも遠くに眺めていたアイスのようなそれが、手を伸ばせば届きそうな間近にある。私の視界一面を覆うほどだなんて。

 しかし、ほどなく。その半円の中ほどの色がほつれ始めます。

 円周が崩れ、少しずつ開いていくのは扇形で、灰色の空間。もっと遠くから見たなら、夕陽を顔とし、それがゆっくりと口を開いていく格好に見えたかもしれません。


 ぱっくりと開いたそれが、反対側の円周にまで届くかと開いた折。

 不意に、どっと夕陽側から私へ浴びせられたのは、冷たい気でした。

 真冬もかくやという冷たさに、雹を叩きつけられたのではないかという、無数の痛みが伴います。

 たまらず、私が大きくくしゃみをしながら、いったん目を閉じ、また見開いたときには家のソファの上へ戻っていたんです。


 悪寒が止まらない身体をさすりながら、窓際へ寄ったとき。

 ちょうど暮れかける夕陽を二分する位置に、ゆらゆらと揺れる雲のような線が一筋走っていたんですね。

 おそらく、あの向こうには口を開いたかのような口が広がっているんじゃないかと思うんです。

 それから私は寒気が10日ばかり引かなかったんですよ。おまけに貧血の気配もあって、まるで血をすっかり抜かれたような心地でしたね。

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