香山さんと高一の夏5
数日があっという間に過ぎて、それと言ったことは何もなかった。
今日は金曜で彼女は部活に行っているから来ない。
先週もそうだったし、多分今日もそんなようなことを言っていた。
うちの学校は不親切にも来週の月曜日が終業式だから、香山さんもその日が最後だ。
その日は午前で学校が終わるから彼女がいつもよりも長く家にいることになる。
あと、いつも勝手に来ていた香山さんがわざわざ月曜に来ることを伝えてきた。
特別なことはそれくらいで、いつもと特に何もないだろう。
香山さんに対して、「いつも」なんて使う日が来るなんて夢にも思わなかったけれど。
なんとなく漏れ出そうなため息を飲み込んで掃除に取り掛かる。
両親の帰りは早くないので掃除くらいは私がやっている。
一軒家といえどそんなに時間のかかることでもないし。
二階の掃除機掛けが終わって一階に掃除機を持っていったら、玄関のチャイムが鳴った。
玄関扉を開けると若干見慣れた、でも意外な人がいた。香山さんだ。
そうなったら嬉しいなと、そうなったらおかしいだろうという気持ちなら、後者の方が圧倒的に
強かったはずだ。
「何しに来たの?」
彼女はツーっと目をそらす。
「いやー、雨宿り的な。ほら、雨降ってきたし。」
たはーっと笑った。
締めっ切っていたから気付かなかったが小雨くらいの雨模様で、彼女もちょっと濡れている。
「ダメなら帰る。」
「タオルとシャワーならどっちが良い?」
「灯野さんって意外と優しい。タオルだけでだいじょぶ。」
「はいはい、上がってけば。」
廊下で所在なさげな彼女にバスタオルを放る。
今日は勉強するつもりもないだろうし、取り敢えずリビング通した。
「掃除とかすんの、家庭的だね。」
隅で転がっていた掃除機を指して言った。
「まあね、一応お手伝いしてる。」
「そっか、親割と帰り遅いって言ってたもんね。」
「そんな感じ。」
「うちもね、私がご飯作ったりすることあるよ。灯野さんみたいな感じに。」
「ご両親は何してる人なの?」
「ママ、じゃなかったお母さんは看護師で、お父さんはメーカー?みたいな。」
「ふーん。」
「お父さんの仕事、昔聞いてもあんま何言ってるのか分からなくてさー。」
「香山さんも大変なのね。」
「うーん、あんま大変ってほどでもないけどね。」
「まあ、私もそうかも。」
香山さんといつもよりちょっと長めの雑談をして、それも途切れると手持無沙汰そうだ。
彼女はリビングを見渡して、掛けてあった家族写真に目を留めた。
昔は遊びに来た友達に見られるのが気恥ずかしかったけれど、今はそうでもない。
何か言われるかと思ったけど、そうではなかった。
「あのさ、月曜一緒に帰ろうと、お昼どっかに食べに行こうだったら、どっちが良い?」
彼女はぼーっと写真を眺めていて、こちらからは横顔しか伺えない。
口元に人差し指当てるのは、彼女のちょっとした癖みたいだ。
「一緒に帰って、ご飯寄ってもいいよ。」
「え、なんで?」
「は?」
「いや、灯野さんってそういうの嫌がるかなーって、思ってたから。」
「じゃあ、やめとく。」
「いやいや、冗談だから。」
ちらっと時計を見た香山さんは、掛けていたソファーからがっばと立ち上がった。
「そろそろ帰るから。これ、ありがと。」
投げつけられたバスタオルに視界を奪われて、軽い足音とドアのがっちゃっという音だけ聞こえる。
視界が戻ると振り返った彼女と目があった。
「月曜、楽しみにしてるから。」
にーっとした、ちょっとだらしい笑みを向け、「それだけ」と逃げるように帰っていった。
喜んでいる彼女を見ると、なんだか良いことをしたような気になるけど、気のせいだろう。
だって、これが良いことなのは、なんとなくおかしい気がする。