香山さんと高一の夏1
香山さんのことは何となく知っている。
中学三年生の頃によく図書館で見かけた。
学校での比較的派手なご友人とつるんでいる彼女だったら私も敬遠しただろう。
でも、一人黙々と自習スペースの机に向かう彼女だったからそうはならなかった。
それに少し着崩した制服ではなく、私よりも大人びた私服の彼女を知っているのは私だけかもしれないという微かな高揚もあった気がする。
でもそれだけだ。
香山さんが同じ高校を受けることは、入試の日になって初めて知ったし、同じクラスになった今も入学式以来会話らしい会話をした記憶もない。
だから、私の席の前に立っている香山さんに訝し気な目を向けてしまう。
教室は一年一学期末のテスト個票が返ってきていつもより騒がしい。
「あのさ、灯野さん、テストどうだった?」
香山さんが控えめに問いかけてくる。
「そんなに良くなかったけど。」
「けど?」
「いや急にどうしたのかなって。」
「ああ、まあそうだよね。」
たはーみたいな軽薄な苦笑が聞こえてくる。
確かにいつも点や順位を教え合うような勉強友達(友人じゃない)はそこそこいるが、当然香山さんは含まれてない。
目が合うと香山さんはじんわり目をそらしながら、ついさっき配られたテスト結果のぺら紙を指して言う。
「それ、ちょっと見ても良い?」
見られて困るようなものじゃないけれど、そんなに良くなかったと予防線を張りながら渡す。
「普通に良いじゃん、学年7位って。凄い。」
「表彰台入んなきゃ全部一緒でしょ。」
そんなもんですか、とふむふむ私のテスト個票をみている。
「香山さんは?」
聞かれたら一応聞き返すのがマナーだから取り敢えず尋ねる。
「私はねー、灯野さんの見た後だとちょっと大分きついけど。」
と個票を渡してくる。
思わず感心してしまう。
勉強友達(友達じゃない)は謙遜と牽制が混じったような感じで、しっかりと結果を言ってくる人はほとんどいない。
ましてや個票ごと見せてくる人なんてかなり稀有だ。
そういうだるいことをしてこないだけ有難いと言えば有難い。
彼女の個票をさっとみる。
「あ、うん。良いんじゃない?」
「いや、その反応普通に傷つくし。悪いなら悪いって言っていいから。」
悪くはないと思う。確か学年の半分ちょい上くらいだ。
まあ、これで私に点数マウンティングしにきた線も消えた。
香山さんの訪問の意味がますます分からなくなる。
「で、自慢しにきたわけじゃないなら何しに来たの?」
私の問いかけに、びしっと効果音がしそうな気をつけした彼女は
「香山さん、私に勉強教えてくれませんか。」
若干身を乗り出してきた。少し引いた、怖い。
「別に、良いけど。」
「ありがと、流石太っ腹。」
そんな大したことじゃない。
自分が分からないときの為に、人からのお勉強の質問は出来るだけ答える。
そういうのは成績良いことを自負してる人たちなら割と共通の考えだと思う。
そういう時は、普段喋らない勉強友達(友人じゃない)ともそこそこ喋る。
相手が香山さんだからちょっと珍しいだけだ。
「で、何処が分からないの?」
問題集か何だか知らないけど見せなさいよと手をだす。
「いや、そういうんじゃなくてですね、」
「なに?」
「家庭教師的な感じのやつ、お願いできませんか?」
「は?はあー」
めんどくさ。