やつか町現代妖怪・怪異辞典オマケ編 クリスマスパーティをしようよ
やつか町に住むしあわせなちゃいろい毛玉こと豆狸たちは、冬にかけてフカフカした冬毛をはやす。
寒くなればなるほどまんまるになり、コロコロころがりだすので有名だ。
宿毛宅のマメタも、たっぷりふくふくの毛玉となり、クリスマスには過去最高の出来栄えとなった。
そこに相模くんが手縫いしてくれたサンタクロースのおぼうしと、赤い布地にフワフワの白いボンボリがついたケープを羽織れば、世界でいちばんかわいらしいサンタたぬきの誕生である。
「はあああぁ~~~~! 思ったとおりかわいい~~~~……! マメタくんかわいすぎるよぉ~!」
相模くんはそう言ってマメタのふかふかの頭に鼻をうずめ、思いっきり吸った。
マメタは人間のお洋服にすべての気力をうばわれて、車にはねられた狸の目をして力無く「やあーん」と言うばかりだ。
飼い主……いやマメタの大切な妖怪フレンズである宿毛湊は、寝ぐせがはねた寝起き頭とクソダサジャージ姿のまま、一丸レフや撮影用ライト、背景が変えられる撮影ボックスなど一層本格的になってきた機材を眺めていた。
朝一番に宿毛宅のチャイムを鳴らしたのは、相模くんだけではなかった。
ちゃぶ台の前には、諫早さくらと的矢樹も並んでいた。ちなみに今日のさくらは白いケープと手袋、アップにした髪を雪の結晶の髪飾りでまとめたクリスマスの妖精スタイルである。
「お前たちはいったいなんで来たんだ?」
「え? 今日あつまるんじゃないんですか? 絶対クリスマスパーティやる流れだと思ってました」と、ふてぶてしさ全開で的矢樹がいう。
「そうよ。クリスマスなんだから、七面鳥とまでは言わないけれど、鶏の丸焼きくらいは焼きなさいよ、宿毛湊」と、ご馳走を要求するさくら。
「クリスマスパーティの知らせなんて出してない。それにうちに鶏の丸焼きが焼けるようなオーブンは存在しない……」
「たき火で焼けるんじゃない?」
「無茶いうな。通報されるぞ」
「地面を掘ってその中で蒸し焼きにするとか、方法はいくらでもあるでしょ!」
「いちおう賃貸なんだぞ。スーパーで何か買ってくるから、それでがまんしろ。樹、買い出しにつきあえ」
「はーい」
さくらのブーイングを背に受けながら、ダウンを着こみ、マフラーを巻いて表に出る。
やつか町は例年にない冷え込みであった。
仕事用と思って買った高級ダウンのありがたさが身に染みるようだ。
「先輩、駅前のやつかスーパーに行きますか?」
「いや、実はこんなことになる気がしてフライドチキンとオードブルのセットを予約してたんだ」
宿毛湊は予約票を取り出してみせる。
「えーっ。これ、僕らが来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「衣を剥がしたら豆狸たちだって食えるだろう」
「先輩のそういうとこ僕大好きですよ」
街中の豆狸に取り囲まれて衣をはがす宿毛湊の姿を想像し、的矢樹は吹き出した。
「会費はあとから徴収する。運転しろよ」
「あっすみません、僕、ここに来るまでウィスキーひっかけちゃいました」
「ほんとになんで来たんだ」
「歩きましょうよ、急ぐわけでもなし。疲れたら、はあちゃんかホリシンさんを呼べばいいことです」
「はあちゃんは忙しいだろうな」
「えーっ、路面凍ってますよ~」
うっすらと積もった街路に二人分の足跡がきざまれる。
樹ははらりと頬に落ちて来た雪のかけらを指ですくい、目を細める。
「これって本当の雪なのかなあ」
「深く考えるな、よけいな仕事が降って湧くぞ」
クリスマス当日の住宅はあんがいひっそりと静かである。
空は曇り空で、遠くの切れ目から金色の光がさしこんでいた。
やつかの海も静かに凪いで、騒がしい怪異たちもなりを潜めている。
たがいに言葉にするでもなく、来年も変わらずこうあればよいというような一日であった。