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新たな副官候補

「ベルトラン将軍、皇都本部より“セルヒオ=サラス”中佐が参られました」

「おお! 来たか!」


 執務室でカサンドラ准尉の報告を聞き、私は思わず立ち上がって色めき立つ。

 このサラス中佐という男は、彼女が作成したリストを元に、一か月前に皇都本部に配属を要請した者だ。

 しかも、私に次ぐ階級を持つ副官候補(・・・・)として。


「では早速面会するとしよう。サラス中佐はどちらに?」

「はい。今は応接室でお待ちいただいております」

「分かった。すぐ行く」


 私は書類の山を放り出し、カサンドラ准尉を連れて応接室へと向かった。

 そこには……フフフ、几帳面にもかなり上まで刈り上げたヘアースタイルで蛇のような目つきの男が、ソファーでふんぞり返っているじゃないか。


「よく来てくれた。僕がこのサン=マルケス要塞の司令官、ベルトラン=シドニアだ」


 彼の前に立ち、僕は自分ができる最大限の笑顔で右手を差し出した。


「あ……こ、これはシドニア将軍。本日付けで配属となりました、セルヒオ=サラスです」


 おそらくは僕が若いから戸惑っているんだろうサラス中佐は、顔を引きつらせながら僕の右手を取る。

 その態度に軽く傷ついたが、そんなことはおくびにも出さず、僕は笑顔を絶やさない。


「まあ、かけたまえ」

「失礼します」


 緊張しているのか、サラス中佐は僕と目も合わさずにソファーに座る。


「それで、聞いているとは思うが、これから君には僕の副官として働いてもらう。なあに、ここは最前線とはいえ、ここ三年は目立った戦闘はない。少なくとも、副官であるサラス中佐は安全だ」

「は、はっ」


 私の言葉に安心したのか、彼はあからさまに安堵の表情を浮かべた。

 そうだ……このサン=マルケス要塞は、君にとって天国のような場所だとも。


 ……向こう一か月の間は。


「仕事の詳細については、ここにいるカサンドラ准尉に聞いてくれ。では、僕は失礼する」

「はっ!」


 敬礼するサラス中佐とカサンドラ准尉を残し、僕は応接室を出た。


「フフフ……あの男(・・・)のことだ、すぐに動き出すに違いない」


 カサンドラ准尉のリストによれば、あのセルヒオ=サラスという男はかなりの野心家で、まだ二十七歳であるにもかかわらず中佐に昇進している。

 十八歳で士官学校を卒業した貴族の子息令嬢の場合、貴族位と階級を継承する者を除いて少尉からスタートする。


 だが、そこから先は実力こそがものを言う世界。階級を一つ上げるには余程の戦功を上げない限り五年はかかる。

 もちろん、将軍職ともなると侯爵位を持つ者以上という条件があるから、特別なんだけど。


 そして、サラス中佐についてだけど……彼はサラス伯爵家の次男坊で、継承権がないにもかかわらず、僅か十年という期間で中佐まで登りつめた。

 一方、カサンドラ准尉の作成したリストには、士官学校での彼の能力評価は『C』。可もなく不可もなくといったところだ。


 (いぶか)しんだ私は、彼の昇進には何か裏があると思い、カサンドラ准尉に内緒で諜報部隊を使って調査したところ、面白いことが分かった。

 なんとこの男、当時の上司の弱みを握り、脅迫して昇進させるよう働きかけていたのだ。


 こう言ってはなんだが、エルタニア皇国の士官は有力貴族出身ということもあり、それなりに不正をしている者が大半だ。

 税収の虚偽記載、横領、禁制品の横流し等々、枚挙にいとまがない。


 これは、長引く戦争で物資が不足した現状から、貴族達が自分と領民を守るためにやむを得ず始まったという経緯があるから、一概に責めるのも難しい。

 むしろ責めを受けるべきなのは、戦争を仕掛けてきたタワイフ王国と、腹に一物を抱えている皇国の上層部だろう。


 とはいえ、皇国として不正を黙って見ているわけでもなく、そういった貴族達を取り締まるために査察官を派遣してはいるが、調査をする査察官自身が貴族に買収されてしまっているという実態もある。


 だが。


「はは……全く、サラス中佐も上手くやったものだな」


 本来、不正を行っていたサラス中佐の元上司からすれば、査察官を買収すればいいので脅迫されたところで痛くもかゆくもない。

 ところがセルヒオ=サラスという男は悪知恵を働かせ、自分の子飼いの査察官を使って元上司を脅迫したのだ。


 つまり、この男の息のかかった査察官が上司の査察に入り、元上司の不正を追及する。

 当然、その元上司はいつものように買収しようとするが、既にサラス中佐の手下であるのでそれを突っぱねる。


 元上司が困り果てたところでサラス中佐は巧みに近寄り、自分の昇進と転属を引き換えに査察官に便宜を図るとささやくのだ。


 この元上司からすれば、厄介な査察官による告発を受けずに済むし、事情を知っているサラス中佐は転属させることで追い出せる。まさに一石二鳥と考えるわけだ。


「……サラス中佐は僕の不正(・・)を見つけ出し、息のかかった査察官に証拠を提供するだろうな。自分の昇進のために」


 そんなサラス中佐だからこそ、普通は嫌がる国境最前線のサン=マルケス要塞への転属も受け入れるし、所詮はすぐに昇進して次の場所へ移るとでも考えているのだろうな。


 ならば。


「フフフ……あとは、この僕の不正(・・)をセルヒオ=サラスに探し出してもらうだけだ。もちろん、見つけやすいようにしておくけどね」


 そう呟くと、僕は口の端を吊り上げた。

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