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腐った世界に咲くアメジストの花②

 それからも、僕は何度か平民の女の子が子息令嬢達に絡まれている現場を目撃した。

 というか、子息令嬢の全員が彼女に対していじめを行っているという、何とも腐った真似をしているなあ。


 しかも、他にも特待生の平民は何人かいるのに、彼女だけを執拗に狙って。


 他の特待生達も特待生達で、自分が巻き込まれるのが嫌だからなのか、誰一人として庇おうとしないだけでなく、貴族が去った後でも声を掛けたりすらしない。

 どうやら彼女、身分に関係なく全員から嫌われているみたいだ。


 それでも女の子は強気の表情を崩さず、全く意に介さない……って。


「ハア……どうして僕は、また(・・)あの女の子を見てるんだよ……」


 溜息を吐き、僕はポツリ、と呟く。

 貴族の子息令嬢達が彼女に何をしようが、僕の知ったことじゃない。


 そのはずなのに、こうやって僕は彼女が受けているいじめの一部始終を眺めているんだよなあ……。

 自分の馬鹿さ加減に、僕は思わずかぶりを振る。


 すると。


「っ! やめてください!」

「平民の貴様が、士官学校で俺達と同じように息をすることすらおこがましいのだ!」


 女の子が叫んで必死に手を伸ばし、それを揶揄(からか)いながらあしらう令息……あれは、『八家』である“グティエレス”家の次男坊、“ホアキン”だな。


 僕、アイツ嫌いなんだよね。

 晩餐会なんかでもいつも『八家』であることを笠に着て偉そうに振る舞うし、同じ『八家』の僕に対してもやたらと絡んでくるし。


 だけど、それ以上に。


「お願いですから! その教科書は、私の大切なものなんです!」

「ほう、それは良いことを聞いた」


 下卑た笑みを浮かべるホアキンとは対照的に、女の子は血相を変えて必死に訴えていた。

 いつもは(りん)として、子息令嬢達の嫌がらせなんて意に介さないのに。


 そんな彼女の表情が、態度が、叫び声が、僕の心をざわつかせる。


 ちっぽけかもしれない、くだらないことかもしれない。

 でも……それでも、彼女はいつだって強くあろうとしていたのに……。


 その時。


 ――ビリイッ!


「っ!?」

「フン……これに懲りて、少しは身の程を弁えてこの学校から去れ」


 鼻を鳴らし、ホアキンは破いた教科書を無造作に放り捨てる。


 それを。


「あ……あああ……お父さんが、お母さんが用意してくれた、大切な教科書が……っ」


 女の子は、あの強く輝いていたはずのアメジストの瞳からぽろぽろと大粒の涙を(こぼ)し、破れた教科書を抱きかかえて身体を震わせた。


 ああ……本当に、ムカツクなあ……っ!


「っ!? な、なんだ!?」

「おい、貴様等。そんなダサい真似して恥ずかしくないのか」


 気づけば僕は、履いていた靴をホアキンに投げつけ、ゆっくりと彼女に近づくと。


「これ……大事なものだろう?」

「あ……」


 落ちていた教科書の一部を拾い、彼女に手渡した。


「ベルトラン! しゃしゃり出てきて何のつもりだ!」

「は? あろうことか女の子一人いじめて楽しんでる貴様が見苦しいから、注意してやってるんだろう……がっ!」


 威勢よく吠えるホアキンの横っ面を、僕は思いきり殴りつけた……んだけど。


「……ほう? 普段は冷笑を浮かべるだけの貴様が、まさかこの俺に殴りかかってくるとはな」

「あー……やっぱり効いてないかー……」


 ホアキンの実家であるグティエレス家は、『八家』の中でも代々近衛騎士団長を務める家系。

 当たり前だけど、このホアキン自身も幼い頃から近衛騎士団長になるべく身体を鍛えまくっている。


 一方で、僕はそういう野蛮なことは嫌いなので、剣術などに関してはからっきしだ。

 つまり、脳筋なホアキンに僕の物理攻撃が通用するはずがないってことだ。


「ハハハ! 先に手を出したのは貴様だ! 同じ『八家』とはいえ、容赦はせんぞ!」

「うるさいよ。いいからさっさとかかってこい」


 などと格好つけてはみたものの、ホアキンだけでなく取り巻きの貴族まで加わり、僕はボコボコにされてしまった。ああもう、格好悪いなあ……。


「フン、これで同じ『八家』でも、俺と貴様の力関係というものを理解しただろう」


 うずくまる僕を、満足げに見下ろしながらそう告げると、ホアキンは取り巻きを連れてこの場を去った。


「いてて……」


 あーチクショウ、手加減なしに殴ってくれたなあ。

 この借り、ただで済むと思うなよ……って。


「あ……」

「…………………………」


 破れた教科書を抱きしめた彼女が、僕をジッと見つめていた。

 そして、ゆっくりと立ち上がると。


「……余計なこと、しないでください」


 そう言い残し、彼女もまたここから去っていってしまった。

 でも……そのアメジストの瞳には、教科書を破られた時に見せたような哀しみの色はなくて、戸惑いと申し訳なさと、ほんの少しの嬉しさが混じっているみたいで。


「ははっ……いてて……」


 僕は思わず笑ってしまうけど、痛みでまた顔をしかめた。

お読みいただき、ありがとうございました!


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