さらなる新兵器
「あー! もー! ボクは疲れた!」
深夜に差し掛かろうとする中、僕とカサンドラ准尉、タイラン将軍、イルハン千人長、それにノリエガ将軍を交え、対オルレアン帝国に向けた戦略を練っている中、工房での作業を終えたペトロナ技術中尉がやって来るなり悪態を吐く。
「いや、ペトロナ技術中尉……僕達、結構大事な話をしてるんで、邪魔しないでくれるかな?」
「散々こき使っておいて、労いの言葉の一つもないの!?」
ああもう、面倒だなあ……って。
「な、なあ、ベルトラン将軍。彼女は一体誰なんだ……?」
「あ……」
そういえば彼女を、二人にはまだ紹介してなかったな。すっかり忘れてた。
「ええと、彼女は……」
「はい! ボクはエルタニア皇国サン=マルケス要塞所属、ペトロナ=アルベルダ技術中尉だよ!」
僕が紹介しようとしたのを遮って、ペトロナ技術中尉が自己紹介した。
というか、だったら最初からそうしろよ。
「そ、そうか……俺は城塞都市セバスティオの防衛を任されている、将軍のタイラン=レヴニだ。そして、コッチが……」
「千人長のイルハンです。どうぞお見知りおきを」
「うん、よろしくねー」
胸に手を当ててお辞儀をする二人を見て、ペトロナ技術中尉もそれを真似てお辞儀をした。
こういうところ、無駄に礼儀作法の基礎はできているんだよなあ……言葉遣いは最悪だけど。
といっても、彼女もまた『八家』のうちの一つ、アルベルダ家の長女だから当然と言えば当然か。
そんなご身分なのにサン=マルケス要塞で兵器開発と研究に没頭している時点で、色々とお察しだけど。
「……ベルトラン将軍。今、失礼なこと考えてたよね?」
「気のせいだろう」
ペトロナ技術中尉の視線から逃げるように、僕は顔を背けた。
「だが、そうすると彼女こそが、あのヴィーヴィル対策の鍵となる技師なんだな?」
「ええ。研究開発のことしか頭になくて二十四歳にもなって婚約者もおらず、婚期を逃しまくっている変人ですが、その頭脳は確かです」
「あー! その紹介の仕方はヒドイよ!」
そんなことを言われても、事実なんだから仕方ない。
悔しかったら、もう少し一般常識を学んでくるんだな。
「だ、だけど、ボクが研究に没頭しているおかげで、その飛竜隊っていう敵に対して対空戦術が実行できるんだから、もっと感謝して敬うべきじゃない? むしろボクは救世主だよ、救世主」
口を尖らせ、ペトロナ技術中尉はプイ、と顔を背けた。
あー……さすがにこれ以上揶揄うと、開発に支障が出るかー……仕方ない。
「まあ、その……ペトロナ技術中尉の才能については誰よりも認めてはいるし、感謝もしているよ」
「っ!」
恥ずかしい思いをしながらそう告げた瞬間、ペトロナ技術中尉は勢いよく振り向いた。
その綺麗な顔を、上気させて。
で、カサンドラ准尉。
その腹の底から凍えそうな視線、やめてくれませんかね?
「えへー、そうかー……ベルトラン将軍は、このボクがいないとダメかー」
「ただし、兵器開発に関してだけな……って、聞いてないし」
せっかくオチまでつけたっていうのに、舞い上がってしまって全然耳に入ってない。
くそう、そのせいで変に勘違いされたら面倒だ。
「……それで、ペトロナ技術中尉は私達の邪魔をしに来た、ということでよろしいですか?」
「ヒイイイイ!?」
恐ろしく低い声でカサンドラ准尉が尋ねると、ペトロナ技術中尉はさすがに我に返ったらしく、軽く悲鳴を上げた。
まあ、この世界で一番怖いのは激怒したカサンドラ准尉だというのは、サン=マルケス要塞の者なら共通認識だからな。
「そそ、そうだ、思い出したよ。ボクはベルトラン将軍に報告があって来たんだった」
「報告?」
いや、仕事の話だったんなら最初に言ってくれよ……。
「それで、僕への報告っていうのは何なんだ?」
「うん。実は、開発中の新型大砲と砲弾の他に、もう一つ別の兵器を発明しちゃったんだよね」
「「別の兵器を発明!?」」
それを聞いた瞬間、僕は背筋に冷たいものを感じた。
同じく声を上げたカサンドラ准尉も、僕と同じ思いだろう。
「おお! それはすごいな!」
「それなら、ますます戦いが有利になります!」
「わっはは! ペトロナ君も、いつの間にかやるようになったわい!」
事情を知らない三人はペトロナ技術中尉を手放しに褒めるが、僕とカサンドラ准尉からすれば不安でしかない。
僕達は、彼女の過去の所業を知っているから……うう、思い出しただけで寒気がしてきた。
「むうう! さてはベルトラン将軍、また失礼なことを考えてるでしょ!」
「い、いや、まあ……そのとおりだ」
「むううううううううううううう!」
とまあ、頬をパンパンに膨らませたところで、僕達のペトロナ技術中尉への評価は変わらない。というか、歳を考えたほうがいいんじゃないか?
とにかく、このままじゃ埒が明かないので、僕達は工房へと移動した。
◇
「それで、新たに発明した兵器っていうのはこれ?」
ペトロナ技術中尉が出してきたその兵器とやらを指差し、僕は尋ねる。
ふむ……普通の銃よりも砲身のサイズが太く長いけど、一番軽量の野戦砲よりは細い。銃と大砲の中間といったところか。
「そうだよ! これを見たら、絶対に二人もボクのこと見直すんだから!」
お、いつになく自信満々だな。
ということは、結構期待……いやいや、これまで何度も裏切られてきたんだ。そう簡単には信用しないぞ。
「じゃあ、早速実験場で試してみるとしよう」
その新兵器を工房に併設されている実験場に運び、土嚢に的をセットする。
「いいかい、行くよ」
ペトロナ技術中尉の合図と共に、新兵器を作動させると……っ!?
「な、何だと!?」
「す、すごい……っ!」
その圧倒的な性能の前に、僕達は全員声を失った。
「どう? 本当にすごいでしょ……って、わわわわわ!?」
「ああ! 開発中の大砲と砲弾と合わせてこれもあれば、僕達は間違いなく勝てる!」
僕は我を忘れ、ペトロナ技術中尉を抱きかかえて褒め讃えた。
それくらい、僕達にとってこの兵器が救世主となり得る可能性を秘めているのだから。
でも。
「ベルトラン将軍、お気持ちは分かりますが……!」
「うおっ!?」
「わっ!?」
僕とペトロナ技術中尉は、カサンドラ准尉に強引に引き剥がされてしまった。
確かに、いくら嬉しさのあまり興奮していたからってやり過ぎたなあ……。
今もなお絶対零度の視線を向けるカサンドラ准尉に、僕はただ平謝りをしていた。
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